第6話 百面相


 その後に、意味が分からないでしょう、と続いた洋三郎ようざぶろうさんの声は、確かに洋三郎ようざぶろうさんの声でありながら、妙に張りが出て高く感じられました。しかし、そのように違いと感じられたものは私の耳の間違いでは無く、目に映る洋三郎ようざぶろうさんの顔付きも、ぐ前よりも若々しく聞こえた声に合わせるように若々しいものへと変わって行くのが見えました。これは幻か、錯覚か何かか、と慌てる私に、

「驚きましたでしょう。御免なさいね。ですが落ち着いてみて下さいな。おそらくこの位の声、この位の顔付きだったと思いますよ、私が貴方あなたと初めてお会いした頃は」

 洋三郎ようざぶろうさんの顔は、私には急に変化する若返りの魔法を示したのかと思われましたが、落ち着いて見て見ると、その顔は洋三郎ようざぶろうさんのものである事に変わりはありません。しかし、明らかに先程よりも若く見えます。声も、その顔の相も。そのようにありながらも、良く見て見ると薄いながらも皺は変わらずに有りますし、やっぱり不可思議である事は間違いが無いにも関わらず、どこがどう異なって変化と感じられるのか、どうにも納得が行かないのです。

「良くご覧くださいね。こういう僅かな違いなのですよ」

 そう言ってから洋三郎ようざぶろうさんの顔は、また皺の深い老人の顔に戻って行き、元と同じに見える姿にまで戻して見せました。私にはまたしても、何が起きたのかさっぱり分かりません。目の前の出来事をどう解釈して良いものかと困惑するばかりの私に、顔付きと同じく声も低く落ち着いたものに戻ってから洋三郎ようざぶろうさんは言いました。

「なあに、顔の、厳密に言うならば全身の、ですね、皮膚に緊張感と、部分によっては同時に逆の弛緩を上手く操ってもたせる事を工夫して行うと、こうなるのですよ。私の場合でしたら、表情が壮年の頃に近く受け取られる位にまでは変化するようですね。自然と声もつられるように同時に、ですが。少し前の時代でしたなら、百面相ひゃくめんそう、などといって大道芸の人気者になれたかも知れませんが、私は現実的な課題として他人ひとと少し異なる体で生きて行かなくてはなりませんので、長い時間、あれこれと腐心ふしんしている内にこういった工夫も付くようになった次第です。さすがに十代や二十代の若者のようには見せられませんけれど、実年齢と役場に記されるような年齢のずれから来る面倒な誤解を避ける為に、壮年の男性として振舞ふるまう必要があった時代の長かったものですからね。思い出してみて下さい。大体だいたいですが、さっきの工夫を付けた顔と声だったでしょう、私が山見やまみ君と知り合ったばかりの頃には」

 説明になっているのかいないのかもよく分からない事を種明かしのように述べてから洋三郎ようざぶろうさんは一息ついて、また口を開きました。

「それで、まあ人間としては見た目とじつの年齢における違いや、公的にそう、少々珍しい扱いになってしまっている事、その他にも細かい所であれやこれやとあるのでしょうけれども、略して言うなれば私は多くの人間とは少し違うのかもしれません。今お見せした顔や声の変化も、多くの方には訓練を経ても出来る事では無いようですし。多くの人間と違うらしいという事、それは否定できない事なのでしょうね。私にも、何がどうなってどこがどう異なるのか、多くの方との違いについてはこれまで生きても分からない事が多いのですから、説明するにも難しいのですが。それで、ですね。この、多くの人と異なる体を持って生きる私を吸血鬼、と人が呼ぶのでしたらそれも否定は出来ません。くれぐれも、人の血をすするなどという習慣は持ち合わせておりませんし、怪物と一緒にされるのは心外なのですが」

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