第5話 年齢


「今、たとええに挙げた吸血鬼の心象しんしょうというものは、きわめて通俗的な吸血鬼のものなのです。あの、西洋の、有名な小説から何度も映画化されたりそれをまた下敷きにして架空の怪物像かいぶつぞうとして創作の物語ものがたりに描かれるのを繰り返し、そうする内にいつの間にやら一つの象徴的な意味合いと姿すがたかたちが出来上がってしまい、そのように多くの人が共通して思う吸血鬼です。でしょうね、それは」

 洋三郎ようざぶろうさんは珈琲コーヒーのカップに視線を落とし、僅かに目を細めたように見えました。

「そのような通俗的な心象しんしょうを持って吸血鬼なのか、と問われるのであれば私は吸血鬼ではありません。ですが、私が人に吸血鬼と呼ばれる理由は、そうですね。人から見れば有ったのでしょう。私には。この私の体には」

 そう続けてから、一層首を下ろした動きには、物悲しさに似た何かが感じられました。そしてすぐにまた顔を上げ、言葉をいで続けます。大きくは無いのに不思議と響く洋三郎ようざぶろうさんの声に、いつしか私は耳ではなく体全体でそれを聞いているような自分自身の在り方に気付かされました。

「話が変わるように感じられるかも知れませんが、これもまた一つ目の質問に対する答え、としての話になるかと思います。ねえ、山見やまみ君。君とは長い付き合いになると思うのだけれど、君の目から見て私は幾つに見えますか。年齢です。私は生まれてから何年になるとお思いでしょうか。大体で結構です。見た目から、又は知り合った頃からの付き合いを通しての感覚でも構いません。ご意見を、そのままに言ってみて頂けますか」


 私に投げかけられた質問に、混乱してしまったことは事実です。ここで珈琲コーヒーに口を付けて話を聞き始めてからまだ短い時間しか経っていない筈なのに、私は洋三郎ようざぶろうさんのお話を聞く事に、聞き手に回る事でその場に居る自分、聞いている側としての自分が当たり前に感じられ、その固定された役割のようなものに甘んじていたような所で、急にこちらへと意見を求める問いが投げかけられた事に、きょかれてしまったのです。

「え、ええ、見た目でしたら、若々しいですからまだ六十代、に見えて実は七十代か更に意外な歳ならば八十代に入った位。知り合って以来の関りを通してなら、やはり私と同じく七十前後かと思います、いえ、思いつつあり、正直な所、百を超えていると言われても、そうですか、と受け入れてしまうような気もします。失礼かもしれませんが、何かそのように、独特の落ち着きや、時に見せる、人を見通すような洞察、慧眼けいがんと言うのでしょうかね、まとを得た指摘や意見、それに言葉遣いなどにも色々と感じますから」

 私はぎこちなく、たどたどしい言い方でしか咄嗟には答える事ができず、言葉を紡ぐ事の難しさに喉が腫れるような思いさえもよおして来ました。

「そうですか。正直なご意見を返して下さって有難う。そう言う風に答えて下さる友人というのは有難いものですね」

 洋三郎ようざぶろうさんは、今の私とは対照的に、落ち着いたまま流暢に言葉を続けてお話しを戻しました。

「私はね、明治時代の初めの方の生まれなのですよ、実のところは。これを人に話すのは久しぶりですね。ああ、戸籍上、市役所などに登録されている物ですと、おっしゃった中に御座いました通り、八十代の年齢が記載されている筈ですよ、書類上は。公的に。いや、誤解しないで頂きたいのですが、それもまた正式な年齢なのです。決して犯罪のようなものとして私が書類を偽造したとかそういった後ろ暗いことではなく、今私が荒唐無稽な法螺を吹いている訳でもありません。私は明治時代の初期に生まれましたから、生誕から数えるのならば百五十年以上は生きております。しかし同時に、公的な書類では私の本名で八十代の男性としてこの住所に正しく登録がされている筈ですよ。それはおおやけが、つまり国が、と言ってしまうと大袈裟に聞こえてしまいますが、私が望んだのでもなく公的にそう決定されてそのような登録となっているのです。このあたりは、私自身にも上手く説明は出来ません。そういった事を決定して命じたり、実務をこなす役場の人間でもありませんからね、私は。とにかくそういう具合ぐあいになっているのです」

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