第3章|帰り道の沈黙(前編)
校庭を出て、舗装された道を歩く陽菜の足音が、淡い夕暮れの光に溶けて響く。風に舞う桜の花びらが肩に触れ、ほんの一瞬、胸の奥がざわついた。
今日は卒業式の翌日、いつもと同じ道なのに、すべてが違って見える。
「……なんだか、静かだね」
莉奈がぽつりとつぶやく。声は小さく、でも確かに聞こえる。陽菜は視線を前に向けたまま、頷いた。
「うん……なんだか、寂しい」
声に出すと、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。海翔は少し前を歩き、後ろを振り返らずに言った。
「俺もだ……なんでだろうな、こんなに近くにいるのに」
その言葉に、陽菜は小さく息をつく。心の中で、言いたいことが渦巻いているのに、口に出す勇気がない。沈黙が続く。
舗道の端に落ちた花びらを、無意識に踏まないよう気をつけながら、陽菜は歩く。周りの風景は変わらないのに、時間の流れがゆっくりになったように感じられる。
蓮は黙ったまま、少し離れて歩く。いつもと変わらない冷静さだが、肩の力がわずかに緩んでいるのを陽菜は見逃さなかった。
「ねえ、陽菜……」
海翔が少し声を低くして呼ぶ。陽菜は足を止め、振り向いた。視線が合った瞬間、言葉にならない感情が空気に漂う。
でも、二人の間には言葉が続かない。互いに見つめるだけで、胸の中の想いが伝わるのを感じる。
「昨日のこと、まだ考えちゃうんだよね」
莉奈が小さく笑う。笑顔の裏に、不安が隠れている。陽菜も同じ気持ちだった。昨日、言えなかった言葉が、胸に小さな棘のように残っている。
「俺も……」
海翔の声は途切れ、深呼吸が聞こえる。陽菜は肩をすくめて、何も言えないまま前を見た。
言いたいことが、あまりにも多すぎて、言葉にする余裕がなかった。
歩きながら、陽菜の視界に桜並木が入る。花びらが風に舞い、光を反射してゆらめく。
「こうやって歩くのも、今日で最後なのかな」
陽菜の心の声が、小さく風に溶けていく。海翔も黙って頷く。言葉を交わさなくても、同じ気持ちが伝わっている。
ベンチの近くで、少し立ち止まる。陽菜は手をポケットに入れ、深呼吸をする。
沈黙の中で、心の奥にあるざわめきが、少しずつ形を持ち始める。言えなかった言葉、伝えたかった気持ち――すべてが、この沈黙に包まれている。
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