第2章|言えなかった言葉(後編)
夕方の光が、公園のベンチを柔らかく照らしていた。陽菜は手に持った写真を何度も見返す。笑顔の自分たち、桜に包まれた校門の景色。どれも愛おしいけれど、同時に胸を締め付ける。
「……ねえ、陽菜」
海翔の声に、陽菜は驚いて顔を上げた。彼は少し視線を逸らし、手で髪をかき上げる。
「昨日のこと、覚えてる?」
陽菜は頷く。もちろん、覚えている。校門の前で交わした微笑み、見えない涙、言えなかった言葉。
「俺、あの時……言おうと思ったんだ。だけど、結局言えなかった」
言葉に詰まる海翔。陽菜の胸は高鳴り、でも声は出ない。思わず手が握りしめられる。
「海翔……」
陽菜の声は震え、唇がわずかに動く。けれど、先に言葉を続けることはできなかった。二人の間に、言葉にならない想いが漂う。
「……ごめん。俺、結局、何も言えなかった」
海翔は目を伏せ、深く息をついた。その肩の力が抜ける瞬間、陽菜は胸の奥にぽっかり穴が開いたような感覚を覚える。言いたかったことが、風に消えていく。
莉奈がそっと手を伸ばす。「でも……それでいいと思うよ。気持ちは、こうしてまだここにあるんだから」
その言葉に、陽菜は小さく微笑む。涙がこぼれそうになるが、空気の柔らかさに押され、ぎりぎりで堪えた。
「私たち、これからも会えるよね?」
奏の声が、遠くから柔らかく響く。陽菜はうなずき、ほんの少し肩の力を抜く。未来の不安は消えないけれど、今、この瞬間を抱きしめることができる。
「うん、会える。絶対」
海翔の声に少し自信が宿る。小さな約束は、まだ言葉にはならない想いを包み込む。
夕暮れが近づき、桜の影が長く伸びる。陽菜は写真をバッグにしまい、深呼吸をする。言えなかった言葉はまだ胸にある。でも、それは消えたわけではなく、未来への力になると信じられた。
「そろそろ行こうか」
莉奈が立ち上がる。陽菜も立ち上がり、深く桜を見上げた。風に舞う花びらは、言葉にならなかった感情をそっと運ぶ。
歩き出すと、胸の奥に温かさが広がった。言えなかった言葉も、やがて自分たちを支えるものになる――そう思うだけで、前に進む力が湧いてくる。
桜色の光に包まれた通りを歩きながら、陽菜は心の中でそっとつぶやいた。
「いつか、きっと、ちゃんと言うから……」
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