第2章|言えなかった言葉(前編)
翌日、陽菜の部屋には春の光が差し込み、カーテンを淡く透かしていた。机の上には卒業証書と写真、そして昨日の桜の花びらが一枚、そっと置かれている。手に取るたび、胸の奥がじんわりと熱くなる。
「……本当に、終わったんだな」
独り言が思わず口をつく。声は小さく、部屋に吸い込まれていく。昨日の笑顔も、今日の静けさも、すべてが現実だと胸に響く。
昼過ぎ、陽菜は莉奈と海翔と待ち合わせをしていた。公園のベンチに座り、桜の木を見上げる。花びらは風に揺れ、光に透けて淡い影を作っていた。
「陽菜、昨日はちゃんと帰れた?」
莉奈が軽く笑いながら尋ねる。笑顔の下に、まだ不安の色が残っている。陽菜は少し笑って頷いた。
「うん、大丈夫……でも、ちょっと、さみしかった」
言葉にした瞬間、胸の奥がぎゅっと痛む。海翔が少しだけ目を伏せ、言葉を探している様子だ。
「俺も、だ……正直、ちょっと泣きそうになった」
海翔の声は低く、でも力なく震えていた。陽菜はその目を見つめ、何か言いたい気持ちがこみ上げる。だが、言葉は口の中で絡まり、出てこない。
「進路、どうするの?」
莉奈が話題を変えようとした。笑顔を作るが、声に少し緊張が混ざっている。陽菜は机の上の大学のパンフレットを思い出す。未知の世界に飛び込む期待と不安が、混ざり合う。
「私は……まだ実感がわかない。でも、楽しみでもある」
陽菜はそう答える。心の中では、海翔と離れることへの不安が押し寄せる。
「海翔は?」
莉奈がじっと彼を見つめる。海翔は少し笑って、首をかしげる。
「俺? まあ……俺も同じだ。楽しみだけど、不安……かな」
でも、その言葉の奥には、口にできない想いが隠れている。陽菜を見つめる視線が、いつもより長く、少し切なく感じられた。
二人の間に沈黙が流れる。言いたいことは山ほどあるのに、どうしても言葉にできない。目を合わせれば、心の中の想いが伝わりそうで、でも怖くて言えない。桜の花びらが一枚、風に乗って頬に触れた。
「ねえ、陽菜……」
海翔の声が再び震える。陽菜は息をのみ、心臓が速く打つ。けれど、何も言えずに笑うだけで、言葉は喉に詰まった。
「……どうしたの?」
陽菜の声も小さく、自然に溶け込む。海翔は少し目を逸らし、また笑った。
「なんでもない」
それは本当ではない。二人の間に流れる静けさは、昨日の校門の別れ以上に重く感じられた。お互いの心の中にある言葉が、桜の花びらとともに、風に消えていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます