第10話 氷の迷宮の夜明け
目を開けると、光があった。
白でも蒼でもない、柔らかな色。
冷たさを伴わない空気が、ゆっくりと肺を満たす。
「……朝、か」
リオハは仰向けのまま、天井を見上げた。
そこにあったはずの氷はなく、代わりに淡い空が広がっている。
迷宮の最深部。
氷晶竜の王座があった場所。
だが、今はただの広間だった。
身体を起こそうとして、隣に視線を落とす。
「ノア……」
青い狼は、静かに横たわっていた。
胸が、わずかに上下している。
生きている。
それだけで、胸の奥が緩んだ。
右手を見る。
契約印は、薄く残っているが、以前のような強い輝きはない。
――終わった。
戦いも、試練も。
迷宮が、応えるように静かに震えた。
壁の氷が、音もなく崩れ落ちていく。
だが、崩壊ではない。
解けていく、という表現の方が正しかった。
光が差し込む。
それは、迷宮の外の朝日だった。
「出口……」
ノアが、ゆっくりと目を開く。
――生きている。
かすかな意識。
だが、確かな存在。
「無茶しすぎだ」
声が震えた。
ノアは、わずかに尾を動かす。
――選んだ。
それだけだった。
リオハは立ち上がり、ノアを抱え上げる。
以前よりも、少し軽くなった気がした。
歩き出すと、通路が自然に開いていく。
もう迷うことはない。
迷宮は、役目を終えたのだ。
外に出た瞬間、冷たい風が頬を打った。
だが、以前ほど厳しくは感じない。
雪原の向こうに、朝焼けが広がっている。
「……夜明けだな」
ノアが、空を見上げる。
――新しい、始まり。
その言葉に、否定はなかった。
振り返ると、氷晶の迷宮は、静かに佇んでいた。
だが、どこか違う。
威圧感がない。
ただ、そこにある遺構のようだ。
「もう、人を試すことはないのか」
答えは、返らない。
だが、それでいい。
迷宮は、選択を終えた。
遠くで、足音がした。
「……リオハ?」
振り向くと、エリシアが立っていた。
無事に脱出できたらしい。
「生きてたのね」
「ああ」
短い会話。
それだけで、十分だった。
「私は……記録する」
彼女は、迷宮を見つめながら言った。
「力じゃなく、選択の場所だったって」
「それが、真実だ」
エリシアは頷き、雪原の向こうへ歩き出す。
リオハは、ノアを地面に下ろした。
青い狼は、少しよろめきながらも立ち上がる。
「これから、どうする」
問いかけは、独り言に近かった。
ノアが、リオハを見上げる。
――共に、歩く。
その答えに、迷いはない。
「……ああ」
剣を背に、歩き出す。
目的地は、まだ決めていない。
だが、それでいい。
氷晶の迷宮の上に、完全な朝日が昇る。
夜は、確かに終わった。
そして、二つの影は、新しい世界へと進んでいった。
――完――
氷の迷宮と蒼の契約 塩塚 和人 @shiotsuka_kazuto123
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