第9話 最後の試練
氷晶竜は、王座の奥で眠っていた。
いや、眠っているように見えただけかもしれない。
巨大な身体は氷と結晶で形作られ、呼吸のたびに蒼い光が脈動する。
その存在感だけで、空間が歪んでいるようだった。
一歩踏み出した瞬間、世界が震えた。
氷晶竜の瞼が開く。
蒼よりも深い、底の見えない光。
「契約者よ」
声が、直接頭に落ちてくる。
重く、逃げ場のない響き。
「汝は、何を求めてここへ来た」
リオハは剣を握りしめた。
喉が渇く。
それでも、視線は逸らさない。
「答えだ」
短く、だがはっきりと言った。
「失ったものの意味と、
これから進む理由を」
氷晶竜は、しばし沈黙した。
やがて、ゆっくりと立ち上がる。
「ならば、示そう」
次の瞬間、氷嵐が吹き荒れた。
床が砕け、空間そのものが回転する。
――来る!
ノアが跳び出し、氷の障壁を展開する。
だが、衝撃が強すぎる。
リオハは吹き飛ばされ、床を転がった。
肺から空気が押し出され、視界が白くなる。
「……っ!」
立ち上がろうとするが、身体が言うことを聞かない。
重圧が、心を押し潰そうとする。
――恐れるな。
ノアの意志が、静かに支える。
氷晶竜の尾が振るわれる。
受ければ終わりだ。
「ノア!」
叫ぶより早く、二つの意識が重なった。
視界が、完全に澄み切る。
自分とノアの境界が、曖昧になる。
――これが、最後の契約。
氷晶竜が咆哮する。
だが、その動きが、読める。
ノアが走り、リオハが跳ぶ。
同時だった。
剣に蒼い光が宿る。
力ではない。
意志そのものだ。
刃が、竜の鱗を裂く。
だが、致命傷には届かない。
「まだだ」
氷晶竜の声に、怒りはない。
あるのは、試す者の冷静さ。
「汝は、力を求めぬのか」
「……違う」
リオハは、膝をつきながら答えた。
「守るために、使う」
ノアが、前に出る。
その姿は、かつてよりも小さく見えた。
――代償を、払う。
蒼い光が、ノアの身体から溢れる。
リオハの胸が、締め付けられた。
「やめろ!」
――選択だ。
氷晶竜が、静かに頷いた。
「それが、答えか」
最後の一撃。
二人の意志が、完全に重なる。
剣が、結晶核を貫いた。
氷晶竜は、崩れ落ちることはなかった。
ただ、光となって溶けていく。
「試練は、終わった」
その声を最後に、全てが静まる。
リオハは、崩れるように膝をついた。
ノアが、隣に倒れ込む。
「ノア……?」
呼びかけに、弱い反応が返る。
――まだ、いる。
涙が、氷に落ちた。
氷晶竜の王座が砕け、
新しい光が迷宮を満たす。
最後の試練は、勝利では終わらなかった。
選択で、終わったのだ。
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