第5話 ライバルの出現
氷の通路は、どこか人工的な広さを持っていた。
迷宮に入ってから初めて、誰かが「作った」と感じられる空間だ。
リオハは足を止め、剣先を下げないまま周囲を見渡す。
柱のように並ぶ氷壁。その間を、冷たい気流が一定のリズムで流れている。
ノアが、突然立ち止まった。
――来る。
次の瞬間、正面の氷柱が砕け散った。
粉雪の向こうから現れたのは、人影だった。
長身。黒に近い装備。
そして、右手に浮かぶ蒼よりも濃い契約印。
「……先客がいるとはな」
低く、乾いた声。
男は剣を担いだまま、リオハを値踏みするように見た。
「契約者、か」
「そう言うお前もだろ」
視線が交差する。
空気が張り詰めた。
男の名は、 ザレン 。
それを知ったのは、名乗られたからではない。
胸の奥に、嫌な感覚が走ったのだ。
――危険だ。
ノアが一歩前に出る。
だが、ザレンの背後から、別の気配が立ち上った。
氷の影から姿を現したのは、鎧をまとった魔獣。
熊に似た体躯、全身を覆う氷装甲。
「二体目……?」
「俺の相棒だ。
名はヴァルグ」
ザレンは軽く肩をすくめる。
「悪いが、この先は譲れない。
深層に、用があってな」
「こっちも同じだ」
剣を構えた瞬間、ザレンが笑った。
「なら、力比べだ」
合図もなく、ヴァルグが突進してくる。
床が揺れ、氷片が跳ね上がる。
リオハは迎撃に出た。
だが、重い。
氷牙獣とは比べものにならない圧力。
剣を当てても、衝撃が返ってくるだけだ。
ノアが側面から氷魔法を放つ。
だが、ヴァルグの装甲はびくともしない。
「連携が甘い」
ザレンの声が響く。
次の瞬間、彼自身が動いた。
速い。
リオハの間合いに踏み込み、剣を叩きつけてくる。
受け止めた瞬間、腕が痺れた。
体勢が崩れる。
――読まれている。
ザレンの動きは、迷いがない。
魔獣との距離感も、完璧だ。
「契約は、対等じゃないとな」
ザレンの契約印が光る。
ヴァルグが吠え、氷装甲がさらに厚くなる。
――力を、引き出されている。
その光景を見て、リオハは理解した。
ザレンは、魔獣を制御している。
並び立つのではなく、上に立っている。
ノアが歯を剥き、強い感情が流れ込んでくる。
怒りと、拒絶。
「ノア、無理するな!」
叫んだ瞬間、ザレンの剣が迫った。
避けきれず、肩口をかすめる。
血が、氷に落ちる。
「今日は、ここまでだ」
ザレンが一歩引いた。
興味を失ったような目だ。
「今のお前じゃ、深層で死ぬ」
悔しさで、歯を噛みしめる。
反論はできなかった。
ザレンとヴァルグは、別の通路へ消えていく。
迷宮が、道を開いたのだ。
静寂が戻る。
リオハは膝をつき、肩を押さえた。
ノアが寄り添い、傷口を冷気で塞ぐ。
――まだ、足りない。
その言葉は、責めではなかった。
現実だった。
「……ああ」
リオハは立ち上がる。
敗北は、はっきりしている。
だが、同時に見えた。
何が足りないのか。
「次は、負けない」
ノアが、静かに尾を振った。
氷晶の迷宮は、さらに深く、静かに待っている。
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