第2話 氷の迷宮の試練

氷晶の迷宮の内部は、外から見た印象よりも遥かに静かだった。

風の音も、水滴の落ちる音もない。

あるのは、自分の呼吸と、足裏で氷がきしむ微かな感触だけ。


リオハは剣を抜いたまま、慎重に歩を進めていた。

視界の先には、青白く光る通路が幾重にも分かれている。


「……方向感覚が狂うな」


迷宮の中では、距離も高さも当てにならない。

それでも、不思議と迷っている感覚はなかった。


理由はすぐにわかった。

前を歩くノアが、時折足を止め、耳を動かして進路を選んでいる。


――危険を、避けている?


問いかけるように意識を向けると、胸の奥がわずかに温かくなった。

それが答えだった。


契約は、力だけでなく感覚も共有する。

だが、それはまだ断片的で、完全ではない。


突然、空気が変わった。

冷気が濃くなり、息が白くなる。


ノアが低く唸る。


次の瞬間、通路の壁が音を立てて割れた。

飛び出してきたのは、氷でできた獣―― 氷牙獣(ひょうがじゅう) 。


氷牙獣とは、迷宮内で魔力が凝固して生まれる魔物だ。

身体は硬く、通常の刃では傷を与えにくい。


「初戦闘が、これか」


リオハは距離を取る。

だが、氷牙獣は床を蹴り、一気に間合いを詰めてきた。


速い。


剣で受け止めた瞬間、腕に痺れが走る。

氷の塊を打ち据えたような重さだった。


――このままじゃ、削り負ける。


そのとき、右手の契約印が熱を帯びた。

ノアが吠える。


同時に、リオハの視界が一瞬だけ澄んだ。

氷牙獣の動きが、わずかに遅く見える。


「これが……共有か」


踏み込み、剣を横薙ぎに振る。

刃が氷の装甲を割り、欠片が飛び散った。


だが、反動も大きい。

胸の奥が締め付けられるように痛む。


――代償、か。


契約の力は便利だ。

だが、使えば使うほど、精神と体力を削られる。


ノアが横から飛びかかり、氷牙獣の脚を凍りつかせる。

動きが止まった一瞬を逃さず、リオハは剣を突き立てた。


氷が砕け、魔物は霧のように消える。


静寂が戻った。


リオハは膝に手をつき、荒く息を吐いた。

心臓の鼓動が、やけに大きく聞こえる。


「……助かった」


ノアが近づき、額を軽く押し当ててくる。

その感触は冷たいはずなのに、不思議と安心感があった。


――無理はするな。


言葉ではない忠告が、胸に響く。


「わかってる」


だが、迷宮は待ってくれない。

通路の奥で、再び氷が軋む音がした。


試練は、始まったばかりだ。


リオハは立ち上がり、剣を握り直す。

ノアと視線を交わし、無言のまま頷いた。


二つの影が、さらに深い蒼の世界へと進んでいく。

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