第3話

 あれから僕は金貸し商マルムに変装し、ヴァレンシュタイン公爵の屋敷へ侵入していた。そう、僕を虐めていたジュリアスの実家だ。


「ヴァレンシュタイン公、突然のご訪問をお許しいただきありがとうございます」


 猫背に垂れ下がった頬、頭上が禿げた白髪交じりの初老であるマルム(その実態は僕だけど)

が頭をさげると、対面のソファーに座るオズワルドは二重あごを撫でながら、「それで、何しに来た? その女たちは誰だ?」と僕の後ろに控える少女たちに目を向け、怪訝な顔になる。


 ひとりは赤毛、漆黒のドレスを纏う細身の娘。もう一人はペールピンクの髪でゴスロリの黒いドレスにエプロンドレスという少女だ。

 オズワルドが疑ったの仕方ない。そのふたり、黒い仮面で顔を覆っていたのだ。

 しかも、ひとりは幼児と言ってもおかしくない体格である。不思議に思って当然だろう。


「ああ、彼女たちは私のボディガードのようなものです。最近は物騒ですからね」とマルムに扮した僕はしらっと応える。


「ボディガード? 女が? とてもそうは見えないが?」

 まあそうだろう。しかし、外見で相手を判断してはいけないよ。

 僕は、あえてそれには触れず、さっさと用件を伝えた。


「早速ですが公爵、貸していた資金を返済していただきたいと考えてます」

 そう伝えると、ヴァレンシュタイン公オズワルドは驚いた顔を見せる。

「カネを返せと⁉ 急がなくてもいいとキマサは言ったではないか!」


 そう、マルム商会はヴァレンシュタイン家におカネを貸していた。しかも無期限という条件で――

「少しばかり状況が変化しましてね。それに、契約書には私どもが返済日を決められるとなっておりますよ」


 そう言って、羊皮紙を差し出す。


「そ、そんなのは見なかったぞ!」

 そう言いながら羊皮紙に目を向けると、「な、なんだこれは!」とオズワルドは大声を出した。


「へ、返済額五億ゴルドだと! 借りたのは一千万ゴルドだぞ!」

「ち、父上! それは本当ですか!」

 オズワルドの隣に座っていたジュリアスは、父親から羊皮紙を受け取るとそれを確認する。


「本当に五億ゴルドと書いてある。お、おい! こんなニセモノでボクたちを脅すんじゃない!」


 ジュリアスが羊皮紙を破ろうとするので――


「おっと! ダメですよ。 契約書類を破ると魔力でカラダが灰になってしまいます。知ってますよね?」


 この世界の契約書は教会発行の羊皮紙が使われていて、一度、契約書にサインすると、破いたり、燃やしたりしようとして契約から逃れようとすれば、本人が呪われて灰になってしまうのだ。

 恐ろしや教会発行の羊皮紙。


「ふ、ふざけるな! ニ、ニセモノに決まっている!」

 そう言うジュリアスだが、破ろうとした手が止まった。


「なんなら、教会に行って確認してみましょうか?」

 教会で確認してもらえば、これが本物だとわかるだろう。なにせ、聖女様直々の契約書だ。まあ、内容はデタラメなんだけどね。


「こ、この詐欺師め! いったい、どうやってこんな細工を⁉」

「これはこれは、今度は詐欺師呼ばわりですか? 公爵家とあろうお人が、そのようなおっしゃりようではいかがかと」

 挑発するような言い方をすると、ジュリアスは顔を真っ赤にした。


「う、うるさい! 父上! もはや、交渉の余地などありません! やはり、をやりましょう!」

「あれ? あれとはなんですか?」

 僕がとぼけると――


「うむ、この契約、貴族特権で破棄する」

 オズワルドはそう言い出した。


「貴族特権ですか。ですが、そうなると公爵の信頼も失墜してしまいますが、よろしいのですか?」

「なあに。キマサを返さなければ、この契約自体なかったことになるということさ。おい、出て来い」

 ジュリアスがそう言うと、隣の部屋から、ガラの悪そうな大男が三人現れた。


「オマエら、コイツらを殺せ」

 ジュリアスがそう指示すると、「そのお嬢ちゃんたちもですかい?」と男たちは確認してくる。


「ああ、そうだ。しかし、部屋を汚すなよ。ここの調度品はオマエたちの給料よりはるかに高いのだからな」

 ニヤリとするジュリアス。男たちも気持ち悪く笑う。

「わかってますって。でも、ちょっとくらいそのお嬢ちゃんと遊んでもいいでしょ?」

「ふん、仕方ないな。だが、遊んだあとはちゃんと始末するんだぞ」

「ヒュー。なら、オレはこのガキで遊ぶかな?」

「オマエはロリコンだったのかよ!」


 男たちはそんなふうに大笑いしているので、僕は興ざめしてしまう。


「ねえ? あのお肉たち。どうすればいいなの?」

 ペールピンクの髪の少女がそう尋ねてきたので、「ああ、その三人は必要ないので、殺していいよ」と僕は伝えた。

「それじゃ、ミンチにしていい? ワタシ、ハンバーグ大好きなの」


 ハンバーグかぁ……想像して、僕は「うへぇ……」と言ってしまう。


「おいおい、お嬢ちゃん? オレたちをミンチって? カワイイのに言ってくれるじゃん。ざんねんだけど、食べられちゃうのはお嬢ちゃんのほうだよ」

 そう言って、冒険者の男たちは口を舌でなめ回しながら、近寄ってくると……


 ドスンッ!

 グシャァァァァッ!


「――へっ?」


 いつの間にか、冒険者がふたりになっている。後方の壁に真っ赤な液体が飛び散っていた。


「な、何だ……?」

 事態を把握できない男たちが、自分のカラダの半分ほどしかない少女を見やる。すると、男の懐までやって来た少女が腕をぶん回し、男の下半身を殴る。


「ブファァァァァッ!」


 悲鳴をあげて、宙を飛んだ大男が、天井にぶち当たると、真っ赤な血を飛び散らせ、原形を留めないほどへしゃげる。そして、肉塊となりドスンと落下した。


「うわぁぁぁぁっ!」


 想像を絶する相手の強さに、オズワルドとジュリアスは腰を抜かしてしまう。


「ま、待て、殺さないで……ぶへぇ!」


 残った冒険者の男が何か言おうしてしてるところを少女は構わず蹴りを加えた。男の頭だけがボールのように部屋の中をバウンドして、最後、オズワルドの足元で止まる。

 その頭を、少女は足でグシャリと踏み潰すと、オズワルドは「ひいっ!」と豚の鳴き声のような悲鳴をあげた。


「ねえ、お兄ちゃん? この豚オークも肉にしていいなの?」


「……ノア、それは豚オークじゃなくて公爵。それはメインディッシュだから、まだダメ」


 ペールピンクの髪の少女――ノアは「えーっ?」とダダをこねるので――

「帰りに僕がハンバーグを買ってあげるから」

 そう伝えると、「やったなの!」と彼女は喜ぶのだった。


「さて、僕たちを殺すだった冒険者たちは死んじゃったけど、どうする?」

 僕はおどけてオズワルドとジュリアスに言う。


「だ、誰だ? 声が違うぞ……」


 そう言われて、金貸し商マルムに変装し、声色を変えていたことを思い出す。


「もう、いいか」と僕はマルムである顔を右手で上から下へ軽く撫でた。なかったはずの前髪が垂れ下がる。

 ジュリアスの顔から血の気がなくなった。


「カ、カイル……?」

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