第2話

「それで改めて問うけど、僕はジュリアスだけでなく、ヴァレンシュタイン家そのものを潰すつもりだ。それに対して、キミは気持ちの整理ができているのかな?」


「それこそ、無用な心配です」

「ほう……どうして?」


 すると、彼女、ノワールは一通の封書を僕に差し出した。


「これは、カエデさんが私の家……いえ、ヴァレンシュタイン家から拝借した密約書です」


 カエデとは僕が連れてきた東方出身の少女。気配遮断、無音、暗視など隠密に適したスキルを持つ。暗器の使い方も得意で、暗殺なども手伝わせているのだけど……


「――密約書?」


 どういう意味? そう思って中を見てみる。


「これは……アルアイン王子からのモノなのか?」

「左様で」


 そこに書かれていたのは――


 イライザが学園の経費を着服していたこと、そして平民の愛人がいたこと、その証言をしてもらえれば、イライザ以外のヴァレンシュタイン家には罪を問わないように王子から口添えすることを約束する――そういう内容だった。


「ここには、ヴァレンシュタイン公爵、オズワルドを国務尚書に推薦する旨、そしてジュリアスを公爵嫡男として正式に承認してもらう旨の記載もありました」


 つまり、公爵もその息子ジュリアスも地位欲しさのため、イライザを売ったのである。


「……この密約書がニセモノである可能性は?」

「この筆跡は間違いなくアルアイン王子のモノです。ですので、密約があったのは間違いないでしょう。それに、両親も弟も私のことを煙たがっていましたので――」


 イライザは王子の婚約者という立場だけでなく、才色兼備ということで王都で知らない者はいないほどであった。そんな人気者の長女を家族は妬ましく思っていたのである。


「それだけでありません。両親も弟も浪費家で、常日頃から私は諫めてまいりました」


 領地や一族から徴収する税は年々減るばかり。なのに彼らは浪費を止めようとしない。イライザが家の財布をしっかり締めていたことでなんとかやりくりできていたところがあったのだ。

 自由におカネを使いたいのに、イライザがうっとうしい――そう思った家族は、王子の誘いに喜んで乗ってきたのである。


「わかっていただけましたでしょうか? 私が彼らのことを憎いと思っても、憂う気持ちなどまったくないことを」


 なるほどな――と考える。


「そうか――カエデは今、そんなことをやっていたんだな」


 すると、ノワールは「はっ!」と声をあげて――

「も、申し訳ございません! カイル様の大切な手ごまを私怨のために使うなどと――」

「そんなことを少しも思っていないよ。そのために、カエデをキミの下に置いたのだからね。カエデが役に立っているようで、僕としてはうれしいよ」

「なんと、やさしいお言葉! このノワール、カイル様のために身を粉にして働きます!」


 その時、僕たちに了承も得ず部屋に入ってきた人物が――


「なあに? そんな言葉でカイル様の気を引こうとしているの? この売女ばいたは?」


 それは、白銀の修道服を纏った少女だった。銀髪が服と同調し、神々しくさえ見える。それにふさわしい鈴を転がしたような美しい声なのだが、その口調はいかにも軽々しい。


「ちょっと、セレナさん。いきなり人のことを売女呼ばわりしないでください」

「あら、お気に召さなかったかしら? それじゃ、腹黒女にしてあげるわ」

「それはアナタでしょ!」

「まあまあ、ノワールもセレナも落ち着いて」


 僕はふたりを宥める。うーん、どうして僕の周りにいる女の子は仲が悪いのだろう?


 今、入って来た修道服の少女。名をセレナ・ヨハネディクトという。現世ではただ一人の聖女――つまり、神から真言を賜ることのできる唯一の人物である。

 そんな少女がなぜここにいるのかって?

 ――うーん、その話も長くなるので別の機会に話したい。


「それでセレナ、僕がお願いしていたモノはできたのかい?」

「もちろんですわ」


 そう言って、僕に一枚の羊皮紙を手渡す。それを開くと――


「うーん、見事だ。完全に本物としか見えない」

「本物ですわよ。魔導紙に魔導インク、筆跡も公爵のモノをコピーしましたから。内容以外はね

――」


 内容が違えばニセモノだろう――なんて思うのだが、教会が発行した公文書であるのは確かだ。つまり、このには法的にも魔力的にも効力がある。

 教会にはそれだけのチカラがあるのだ。教会――というか、彼女を敵に回すことだけは絶対に避けよう。


 だが、これで準備は整った――


「それじゃ、始めようじゃないか。理不尽なまでの復讐劇を――」

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