第3話 執行! NNN式・祝賀の舞
ブンッ!
スキンヘッドの男が渾身の力で振り下ろしたバットは、虚しく空を切り、カウンターの端を砕いた。
「あれっ? 消え……!?」
男が間の抜けた声を上げた、その時だ。
天井近くの
「まったく。新年早々、
見上げれば、サファイアが重力など存在しないかのように、優雅に宙に浮いていた……否、跳躍の頂点に達していた。
その身体が、バネのようにしなやかに
「受け取りなさい。これがNNN(ねこねこネットワーク)式、物理的教育的指導……」
サファイアの金色の瞳が
「究極! ネコ、キィィィィィィィック!!」
ドォォォォォン!!
それは、体重四キロの猫が放つ威力ではなかった。
サファイアの両足がスキンヘッドの
次の瞬間、男の身体は砲弾のように水平に吹き飛び、店の入り口のドア……既に鍵が壊されていたものを突き破って、寒空の下へと射出された。
「ひ、ひぃぃぃっ!?」
「兄貴が空を飛んだ!?」
残された金髪の男とジャージの男が、腰を抜かして後ずさる。
サファイアはふわりと床に着地すると、埃を払う仕草を見せた。
「おやおや。少しサービスしすぎましたか。
壁のシミにして、モダンアートとして飾ってあげる予定だったのですが」
ニッコリ。
サファイアは完璧な営業スマイルを浮かべた。だが、その背後には修羅のようなオーラが立ち昇っている。
「ば、化け物だ……!」
「や、やっちまえ! たかが猫一匹だろ!」
恐怖に駆られた残りの二人が、やけっぱちでナイフと鉄パイプを構えて突っ込んでくる。
俊夫が「危ない!」と叫ぶよりも早く、サファイアはその場でコマのように回転を始めた。
「学習能力がないですねえ。お客様、当店では暴力行為は禁止されております。ルールを守れない方には……」
黒い竜巻と化したサファイアが、二人の男の
「必殺! スペシャル・ローリング・ネコ、パァァァァンチ!!」
バババババババババッ!!
機関銃のような打撃音が店内に響き渡る。
爪は出していない。だが、その肉球による高速連打は、一撃一撃が重いハンマーのようだ。
「(バシッ!)一つ、不法侵入!(バシッ!)二つ、器物損壊!(バシッ!)三つ、恐喝未遂!」
「あべしっ! ひでぶっ!」
「そして何より……(ドゴォォン!)ミーコを怖がらせた罪ぃぃぃぃぃ!!」
最後の一撃が二人の
店内に残されたのは、悪徳市議の小西ただ一人。
彼は紫色になって震えながら、へたり込んでいた。
「な、ななな、なんだ貴様は……! ただの猫じゃないな!?」
「失礼ですね。ボクはただの、通りすがりの可愛い黒猫ですよ。少々、
サファイアは前足をペロリと舐め、ゆっくりと軽萱に歩み寄る。
「さて、小西先生。貴方が信じていた『猫脈』の話ですが……あれは本当ですよ」
「ひっ……!」
「この店は、我々猫族にとって大切な休息の場。そこを
小西は悲鳴を上げ、
「た、助けてくれぇぇぇ! 警察だ! 誰かぁぁぁ!」
彼は転がるように店の外へ飛び出す。
だが、そこで彼が目にしたのは、自由への道ではなかった。
闇夜に浮かぶ、無数の光。
二つ一組の、金、緑、青の光点。
「ニャー」「フシャー」「ゴロゴロ……」
店の周囲を、びっしりと埋め尽くす猫、猫、猫。
近所の飼い猫から、歴戦の野良猫ボスまで。百匹を超える猫の軍団が、整然と退路を断っていたのだ。
「あ……あ……」
小西が絶望の声を漏らす。
店の中から、サファイアがゆっくりと現れた。その後ろ姿は、まさに夜の女王の風格だ。
「皆さん、お待たせしました。こちらが新年の宴の余興、愚かな人間たちです」
サファイアが前足を振り上げる。それは、処刑の合図ではなく、指揮者のタクトのように優雅だった。
「彼らを丁重に『お・も・て・な・し』しなさい。……二度とこの街に近づこうと思わないよう、三つ隣の町の山奥まで案内してあげなさい。
道中、たっぷりと可愛がってあげるのを忘れずに」
『『『ニャアァァァァァァァ!!(了解であります、姉御!!)』』』
猫の波が、軽萱と気絶したチンピラたちを飲み込んだ。
「いやぁぁぁ! やめろ! 肉球が! 爪がぁぁぁ!」
断末魔のような悲鳴と、猫たちの勝利の凱歌が、冬の夜空へと消えていった。
── 続く ──
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