Aパート

 送別会の後、かなり酔った山中刑事を私と藤田刑事で自宅まで送り届けた。にしては珍しく泥酔している。足元がおぼつかない。


「ヒック・・・犯人は多分、女だ・・・。怨恨だろう。ヒック・・・」


 山中刑事は酔いながらもあの事件のことをしゃべっている。よほど心に引っかかっているのだろう。


 自宅の玄関そばの木が大きくなっていた。結婚した後に奥様が植えた木だ。新人の頃、よくおじゃましたからよく覚えている。

 呼び鈴を押すと奥様が出てきた。


「まあ、日比野さん。久しぶりね」

「ご無沙汰しています。おやじさんが送別会でこんなに酔ってしまわれて・・・」

「どうもすいません。ご迷惑をかけて・・・」

「いいえ。だいぶ機嫌がよかったから飲み過ぎたのでしょう。寝室まで運びます。失礼します」


 私と藤田刑事はそのまま山中刑事を寝室まで運んだ。ベッドの上で気持ちよさそうに寝ている。


「こんなに酔って・・・。よほど楽しかったようね。退職が決まって気がゆるんだのかしら」


 山中刑事は再婚してからも捜査に飛び回っていたから、あまり深酒することがなかったのだろう。


「ええ。でも明日からまた捜査です」

「えっ! まだ仕事があるのですか?」

「5年前に未解決事件を捜査することになりました」


 それを聞いて奥様の顔が曇った。退職間際まで刑事の仕事に奔走させてたくなかったのかもしれない。


「それでは失礼します」

「お茶でも・・・。すぐに用意しますから」

「もう夜遅いですから。これで」


 私たちは山中刑事の自宅を出た。帰る道すがら藤田刑事が言った。


「若い奥さんだったな。まだ40前だろう」

「そうですよ。前の奥様をとうに亡くされてヤモメ暮らしが長かったのですよ。それが5年前、今の奥様と結婚されて・・・」


 ちょうどあの事件の少し前くらいだった。行きつけの小料理屋で働いていたそうだ。その奥様とも仕事が忙しくゆっくり時間を過ごすことがなかった。退職後は夫婦水入らずで楽しく暮らされるのだろう・・・私はそう思った。


(とにかくあの事件を解決しておやじさんには心置きなく老後を過ごしていただかないと・・・)


 私は明日からの捜査を気合を入れてがんばろうと思っていた。


 ◇


 次の日から5年前の事件を再捜査することになった。被害者は成田幸雄、42歳。住所不定。無職。女の家を転々としていた。いわゆるヒモだ。その男が廃材置き場で背中から鋭利な刃物で一突きされた。死因は失血死。女性関係を洗い、数名の容疑者は浮上した。だがアリバイがあったり、物的証拠がみつからなかったりして逮捕に至らなかった。


 私と山中刑事は5年前の現場に行き、近所の聞き込みを行った。被害者の交友関係も調べ直した。また当時の容疑者を当たり、その周辺を調べたりした。だが新たな情報は得られなかった。


「やはりだめか。無駄だったか・・・」

「そんなことはありません。おやじさんは家に帰ってあげてください。奥様がお待ちですから。私はもう少し調べてみます」


 私は一人でもう少し聞き込みを行った。だが5年前のこともあり、事件を知っている人も少ない。

 そんな時、遠くあるに小料理屋の看板を見た。


「この近くにあの小料理屋があったっけ・・・」


 山中刑事と奥様が知り合われた小料理屋だ。私もおやじさんに連れられて何度も行ったことがある。何かの偶然を感じて、久しぶりにその小料理屋に入ってみた。

  

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