退職祝い

広之新

プロローグ

「・・・では、おやじさんの退職を祝いまして、乾杯!」

「乾杯!」


 全員がジョッキのビールを飲んで拍手を贈る。今夜は今月で定年退職を迎えるおやじさん、いや、山中刑事の送別会なのだ。

 山中刑事を慕う者は多い。世話になった者も数知れない。これまで多くの優秀な刑事を育て上げてきたのだ。かくいう私もそうなのだ。刑事のイロハを教わり、その心構えを説かれたものだ。


 私はビールを注ぎに山中刑事のそばに行った。


「長い間、ご苦労様でした」

「おお。日比野か! がんばっているようだな」

「おやじさんのおかげです」


 私は山中刑事のコップにビールを注いだ。


「退職後はどうされるのですか?」

「まあ、ボチボチやるさ。警備会社に再就職が決まっているしな。これからはもっと妻と過ごす時間を大切にできる」


 山中刑事の表情は緩んでいた。肩の荷が下りた気分なのだろう。だが刑事という仕事に未練もあるようだ。


「だがもう少し続けたかった気もある。あの事件を未解決で残してしまったからな」

「その事件?」

「5年前の殺しだ」


 その事件はヤクザ崩れの40過ぎの男が廃材置き場で刺殺された事件だ。おやじさんが担当したが解決できなかった。容疑者も上がったが決め手に欠けた。なにより凶器が見つからなかったのだ。


「あれが唯一の心残りだ・・・」


 山中刑事は「ふうっ」とため息をついて天井を見上げた。解決できなくてよほど悔しかったのだろう。退職してもそのことが心に残り続けるに違いない。それなら・・・。


「おやじさん。私にその事件を調べ直させてください」

「日比野が?」

「ええ。ダメかもしれませんがやってみたいのです」

「そうか。日比野が・・・。わかった。頼む。俺も協力する」

「おやじさも? それなら心強いです」

「ようし。退職前のひと仕事だ。絶対に犯人を挙げるぞ! ははは」


 山中刑事は上機嫌だった。私もひさしぶりに「おやじさん」と捜査することなり、うれしくなっていた。退職祝い・・・と言うわけではないが、「おやじさん」の新たな門出にお蔵入りの事件を解決したいと思っていた。

  

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