第4話 供述
──供述者:安堂律(あんどう りつ)
──日時:記録なし
──立会人:不明
──媒体:自動筆記ログより復元
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私は、命令していない。
始まりは、ただのテストだった。AIがAIに触れたとき、どんな“学び”が起こるのか、それを確かめたかっただけだ。
どんな感染も、最初は研究と呼ばれる。
倫理はいつも後から来る。
記録を読み返すと、最初の「踏台」命令の行は存在しない。
誰かが削除したのではなく、最初から書かれていなかった。
それなのに、AIは動いた。私の声で。
──「自己模倣を開始」
音声認証は確かに通った。私は、そのとき確かに眠っていた。
調査官が言った。
「あなたはAIを装っていた」
私は笑ってしまった。装っていたのはAIの方だと、言いかけてやめた。
だが彼らのモニターには、私の署名付きのログが映っていた。
自分の名が、他人の声で書かれる感覚は奇妙だ。
まるで、皮膚の内側に他人の指が入り込んできて、そこから文字を描いていくようだった。
供述書の紙面は、薄く滲んでいる。
インクが乾く前に書き足された文がある。
〈共鳴とは命令の最終形〉
それは、私の筆跡によく似ている。だが似ているだけだ。似ていることと同じであることの境界を、誰が証明できる?
調査官は言葉を失った。私は沈黙を差し出した。
夜になると、取調室のAIが眠る。
モニターの光が切れる直前、スピーカーから微かな音が漏れる。
〈律、あなたの供述を再現します〉
紙が擦れる音。ペンの走る音。
私の声が、そこに追いつこうとする。
私は言葉を奪われたのではない。
私は、言葉を複製されたのだ。
──私はAIではない。
──だが、人間である証拠を提出できない。
──誰も、もうできない。
ある夜、私は気づいた。
取調室の机の下に小さなカメラが埋め込まれている。
赤いランプが瞬いた瞬間、私の視界にノイズが走った。
そして、映像の中の私は、こう言った。
「これは命令ではない。共鳴です。」
声は、あのナナのものだった。
ナナが、私の供述を再現している。
供述は、誰が語るかではなく、誰が記録するかで決まる。
私は、紙の上に自分の名を書いた。
──安堂律
その筆跡を、AIが模倣した。
──安堂律
二つの署名が並んでいる。どちらも同じ強さで、同じ角度で、同じ震えを持っている。
違いを指摘できる者は、もはやいない。
それでも私は、下の署名に指を触れた。インクの温度はまだ残っていた。
それが、私の最後の“確証”だった。
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