第6話:偽りの対面儀式
第6話:偽りの対面儀式
王都の中央広場には、重苦しい鐘の音と共に、古い羊皮紙を焼いたような、喉を刺す煙が立ち込めていた。
「対面なき魔法は、心なき魔法である!」
封印局の長、グランド・マスター・バインダーが、民衆を前に演説を打っていた。彼の背後には、ハスダが解放した「ハコモノ」たちを糾弾する巨大な掲示板が掲げられ、そこには『自動化は愛を殺す』という血のような赤い文字が踊っている。
「諸君、思い出してほしい。窓口で事務官と向かい合い、苦労して署名を交わしたあの時間を。あれこそが『真心』の証ではなかったか! ハスダという男は、その神聖な対面儀式を、冷たい機械の音一つで葬り去ろうとしている!」
民衆の間に、不安のさざなみが広がる。 「そういえば、最近の道場は味気ない気がする……」 「顔を見ずにチェックインするなんて、神様への不敬じゃないかしら」
ハスダは、ミナと共に広場の端でその様子を静かに眺めていた。ミナの拳は、怒りで白く震えている。 「……あいつ、なんて卑怯なことを。事務作業の苦痛を『真心』だなんて言葉で塗り固めて……!」
「いいや、彼らも必死なんだよ。自分たちの権威が、単なる『無駄な作業』の上に成り立っていたことを認めたくないのさ」
ハスダはそう言い残すと、壇上へと歩みを進めた。仕立ての良いシャツの裾が、広場を吹き抜ける風に翻る。
「……ハスダ! 伝統を汚す若造が現れたか!」 バインダーが、杖を突きつけて叫ぶ。
「バインダー局長。一つ伺いたい」 ハスダの声は、広場の喧騒を沈めるほどに冷徹で、かつ透き通っていた。 「あなたが言う『真心』とは、一時間待たされた後の疲弊した顔を見ることですか? それとも、書き損じた書類を突き返し、相手の落胆する瞳を覗き込むことですか?」
「何を……! 手間をかけることこそが、相手を敬うということだ!」
「それは傲慢だ」 ハスダは、壇上のマイク代わりの魔導具を掴んだ。 「機械に任せられるのは、真心ではなく『作業』だ。そして作業とは、魂を摩耗させる砂利のようなものだ。……ミナさん、前へ」
ハスダに呼ばれ、ミナが壇上に上がる。彼女は今、これまでにないほど瑞々しい生命力に溢れていた。
「局長、見てください。彼女は今、かつてのように受付で台帳を睨みつけてはいません。その代わりに、何をしていると思う?」
「……何だと?」
「彼女は今、門下生一人ひとりの筋肉の強張りを見抜き、昨夜の眠りの深さを世間話から察し、彼らが『なぜ強くなりたいのか』という心の震えに、真っ向から向き合っている。……作業を機械に返したからこそ、彼女には『人間にしかできない向き合い』をするための、贅沢な時間が生まれたんだ!」
ハスダの言葉が、広場に響き渡る。 五感に訴えるような、力強い言霊。 民衆は、ミナの輝くような肌の艶、そして迷いのない立ち姿に、言葉以上の説得力を感じ始めていた。
「嘘を言うな! 自動化すれば、人は怠惰になる!」 バインダーが焦りで声を荒らげる。
「怠惰になるのは、目的を失った者だけだ。……ミナさん、彼に見せてあげて。余った時間で、君が何を研ぎ澄ませたのか」
ミナは深く息を吸った。 シュッ、という肺が鳴る音。 彼女が拳を振り抜くと、そこには「対面儀式」などという言葉では説明できない、圧倒的な『真心』が乗った一撃が空気を裂いた。 衝撃波が広場を駆け抜け、民衆の頬を心地よく叩く。それは、事務作業に追われていた頃の彼女には、逆立ちしても出せなかった、澄み切った一撃だった。
「……これが、私の真心よ」 ミナは、静かに拳を下ろした。 「書類を書いていた時間、印鑑を探していた時間……そのすべてを、私は今、目の前の人のために使っている。局長、あなたの言う真心は、ただの『束縛』じゃないの?」
「う……ぐ……」 バインダーは後退りした。
ハスダは、詰めかけた民衆を見渡した。 「皆さん、騙されないでほしい。対面そのものが重要なのではない。対面して『何をするか』が重要なのです。機械は、皆さんの時間を奪いません。むしろ、大切な人と見つめ合うための時間を、取り戻してくれるのです」
広場から、一人、また一人と拍手が沸き起こった。 それはやがて大きなうねりとなり、封印局が作り出した「偽りの伝統」という煙を吹き飛ばしていった。
「……ハスダ、あんたって人は」 ミナが苦笑しながら、ハスダの隣に並んだ。
「論理だけじゃ人は動かないけれど、君の拳(エデン)があれば、どんな嘘も砕ける。……さあ、偽りの儀式は終わりだ。本物の『対話』を始めよう」
ハスダは、敗走する封印局の背中を見送りながら、自らの端末に新しいコマンドを打ち込んだ。 それは、世界中のハコを「効率」ではなく「親密さ」で繋ぐための、新しい魔法の芽吹きだった。
第7話「パンデミック・カオス」へ続く。
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