第一章「吸血王のゆくえ」#5

 目を疑う二人。真中が膝から崩れ落ちる。


「自分の子供に何やってんのよあんた!!」


 怒りに駆られたルビアの一声が木霊した。


「いくら邪魔が入ったからって、殺す必要なんてなかったはずなのに。本当にもう、聖堂騎士団としての肩書きも使命も誇りも、ましてや親としての責務も全部今日限りで放棄するつもりなんだ」

「リツカ君の物差しで測って欲しくはないな。それに殺すだなんてとんでもない。真中は僕らの最高傑作だよ」


 二人は揃って梗吾の真に意図するところを読めてはいなかった。


「真中の心臓は完全に焼き切れて跡形もなくなっていることだろう。さて、ここで選択の時間だ。リツカ君の活躍により吸血王の心臓部が僕の手中にある。これは偶然か? いや違う。僕がシナリオをコントロールした結果だ。この心臓部を真中に継承させることで犠牲を回避する道が開かれる。どうだろう。悪くない提案だと思うが、心臓部の所有者たるルビア君。そして戒律を重んじる信仰の守護者リツカ君。両者に問う。業を背負わせ、修羅の道を歩む未来が決定されると分かっていて尚、真中を救うか。あるいはこのままあっさりと切り捨て見殺しにするか。どちらか好きに選ぶといい」


 嬉々としているのも無理はない。それは梗吾にとっては都合の良い、結論ありきの選択だったからだ。二人が庇った真中を冷たく見放すような人間ではないと知りながらの問答。あくまでも自分たちが選択した結果だと、印象づけるために委ねただけである。


「心臓が止まってから蘇生可能な時間は約3分間。それ以上経過すれば脳に障害が生じる。あまり悠長にはしていられないぞ」


 二人は考える暇もなく同じ科白を吐いた。


「「助けるに決まってる!!」」

「理性的ではなく直感的な判断を取るか。よろしい」


 隠し切れない笑みをこぼしながら、梗吾はくり抜かれた真中の胸部に、ルビアの心臓を埋め込んだ。


「二人の慈悲に感謝しさぁ、力の全てを引き継いでくれ」

「うう……あああああああああああっっ!!」


 雄叫びをあげて苦しみだす真中。身体中を駆け巡る熱を持った血液は、まるでマグマのように感じられた。

 全身を走る激痛に身悶え、指先が小刻みに震え始める。それが続くこと数分。ついには昏睡状態に陥った。

 持ち前の回復力で、梗吾の一閃を食らう以前にまで癒えたルビアはいても立ってもいられず駆け寄った。


「わたしを介抱して、ここまで背負って運んできてくれたその善行はきっとあなたを救ってくれるはずよ! あとは意思の強さ、生きたいと思うかどうか、それにかかってるの!」


 祈りにも似た心からの言葉は、ぐったりと垂れているだけだった真中の右手をピクリと僅かばかり動かした。


「わたしもここで誓うわ。これから先、きっと人間離れした暴力的なまでの力に溺れそうになる時がきっと来る。だからどれだけ自分を見失っても、必ずわたしが隣にいて、いつだって連れ戻してあげる! ただ今は目を覚まして、真中!」


 ルビアの想いを背に、悔い改めさせるべく、リツカが後を追う。


「どんな手使っても絶対に逃がさないから」

「何としても僕の身柄を押さえたいようだね。別段処刑されることに異論はないが、まだ応じるわけにはいかない。せっかく息子が生まれ変わろうとしているんだ。今度は父親として育成してやらねばならない」

「あんなことしといて真意も目的も不明。ほんっと気味悪いくらい何も言わないんだ。それで逃げおおせるって? ちょっと都合良過ぎなんじゃない?」

「改造聖剣の間合いは今ので把握したはずだ。それによって今、僕とリツカ君の間には距離が生じている。間合いの見切れぬ相手に最低限の距離を取ることは間違っていないが、この場合得策とは言い難い」


 梗吾は剣先をあて、地面へと擦らせながら真横に一直線を引く。するとその残滓から半透明な壁こと、魔力障壁が天を衝くように現れた。


「そんな。宝鍵も使わずに結界術式まで使えるの……」

「それはモノを通さないためのものではなく、通ったモノを悉く魔力で溶断していく障壁だ。突破するのにさて、どのくらいの知恵と時間を有するだろうか」


 追跡が困難となった所で、梗吾の背後から複数台の黒光りする外車が停車した。


「『S&MLC。港に停泊してから監視は続けてたのに。いつの間に上陸してたのよ……』」


 歯噛みするリツカに梗吾が追い打ちをかける。


「そうだ。僕の置き土産について話しておこう」

「?」

「今は廃墟と化しているが、かつてはこの鳳凰島にも大きな民間病院があってね。工房としてしばらく間借りしていたんだが、そこには出来損ないの吸血体サンプルを軟禁していて、数にして1500体ほど。処分に困っていたからちょうどいい。これを最初の課題としよう」

「何する気!」

「こうするんだ」


 隠し持った起爆装置を押すと、島の中心部から爆発が起こり、黒煙が上った。

 廃病院の正面エントランスは爆風で吹き飛び、解放された吸血体の群衆が居住区に向かって溢れ出した。


「小さな島だから、一時間もあれば彼らのテリトリーとして取って代わられることだろう。どれほどの犠牲が出るかは息子の成長を思うと些末な問題だ」

「させ、るか……」

「ほう」


 ルビアの手を貸りてやっと起き上がれるまでになった真中が呼び止める。


「冗談ならここまでにしておけよ……俺はまだ何も訊いてないんだからな! 俺も、親父も一体何者なんだ! 親父は俺に何をさせたい!」

「力なき者は侵略され、やがて駆逐される。お前の友人達がその渦中にあるが、どうする? 今与えた力の使い道は自分自身で決めれば良い。お前はこの世で最も死と縁遠い力を手にしたんだからな」

「答えになってない!」

「遠からず理解するさ。今は言葉に意味などない」


 徐に梗吾が掛けていた眼鏡を外し、海へ投げ捨てる。


「もう本来の僕に戻っても問題ないだろう」


 それから見る見るうちに加齢によるシワやたるみが消えていき、まさしく若返っていく梗吾。その姿を見てルビアは驚愕する。


「どうして今まで気づかなかったの……」

「無理もない。どれだけの月日が流れたのか、知る者はいない。刻限だ。健闘を祈るよ、新たなる吸血王」


 衝撃を隠せないルビアたちを残し、梗吾はS&MLCの車両に乗り込み、港の方向へ走り去っていった。

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