第一章「吸血王のゆくえ」#4
竹下桟橋行きの最終便は港にて乗船客を待っている状態にあった。
ルビアがそれに乗り、都心部へ向かうには切符を購入しなければならないのだが。
「何よこの券売機。カードを入れるところがないじゃない」
仕方なく、窓口にいた初老の男性に話しかける。
「はい、お嬢さん。どうかされましたかな?」
「今、港に来てるフェリーに乗りたいんだけど」
「ああ両替ね。五千円札? 一万円札? それとも新札?」
「カードよカード! 飛行機から電車まで世界共通で使えるはずだけど?」
「ああ、うちねクレジットカードは使えないのよ。リーダー? ってのがなくてね」
「な……!?」
田舎あるあるに狼狽えるも立て直し、次の手としてスマートフォンを取り出した。
「じゃあこれで決済をお願い。そうよね。カードを持ってない人もいるものね。そちらの事情も理解しないで先走ってしまっ……」
「電子マネーも使えないのよ」
「はい!?」
「さぁて出航の時刻だ。お嬢さん乗らないのかい?」
海外を渡り歩く際、現地の通貨は持ち歩かないのがルビアの習慣であった。大抵はカードか電子マネーアプリで済むからだ。それでも最低限、現金は必要だろうからと財布はあれど、その一括管理を任せていたのがカヤノだった。人任せにしていたツケが今ここでまわってくるとは。ルビアは自戒した。
「乗らないんじゃないわ。乗れないのよ。くうっ〜! お金ならあるのに!」
手詰まりで唇を噛んでいたその時だった。梗吾がケースを開けたのをきっかけに、突如として拍動が伝わってきた。それはまるで心臓部と通じ合っているかのように。
「この感じ……どうしてここに」
高台の上にある診療所の方向を思わず見つめる。
「でもわたしの身体の一部なんだから勘違いなわけないわ!」
急ぎ踵を返すと再び診療所へルビアは走り出した。
「それを手にして、偽血に変わる新しい転化起点でも作ろうって話?」
片方の利き腕を落とされ、劣勢に立たされたリツカ。迂闊に動けなくなるも、虎視眈々と二の矢を放つタイミングを伺っていた。
「私の造った偽血は正式な血分けの工程を経て完成する眷属を、過程ごと省略した上で容易にまた、無尽蔵に産み出せる。が、所詮は紛い物。完璧とは言い難く、欠陥品であることもまた事実。この心臓部さえあれば、それらの短所を補って余りある理想に限りなく近い眷属を誕生させるに違いない。だとしてもだ……用途は以前より私の中で決定している」
梗吾がケースから未だ生温かいルビアの心臓を拾い上げる。
「武器商人、Smith&Miller Logistics Corporationアジア支局担当エリシア・ロマンネと組んだのは資金面での援助を受けるためでしょ? 違う?」
「人を守護する行為にも、人を殺める行為にもそれが一人ならず何千万、何億ともなればそれなりの元手がかかるのは察するに余りあるところだろう。にしても身辺調査はお手のものか。僕を連行するに足りる証拠は揃えているようだね」
「それが、第八騎士団の十八番だから!」
リツカが左手を握りしめ、聖剣を何もない空間から引き抜く。
「二本目の聖剣か。しかし片手では宝鍵は差し込めまい。この仕組みのデメリットだ。さてどうする」
「こうすんの!」
自身の脇腹に聖剣を突き入れ、宝鍵を腰のホルダーから取り外す。と、空いた左手で柄頭に差し込んだ。
「古典的な時軸術式を応用した回復術という名の時間回帰術。溶断された腕の事実を無かったことにするか。しかしそれを見逃してやるほどの寛大さは生憎と持ち合わせていない」
リツカに急接近した梗吾が改造聖剣を振り上げる。
「奥の手を出した時点でそれはこちらがそれだけ追い詰めているという原拠になる。敗北を早めたな」
「私の見解とはちょっと違うなー。立ってるものはなんとやらってね」
そこでリツカは誰でもない彼女に叫び、そこで現像済みの証拠写真を天高く撒き散らした。
「こいつが……天動梗吾が、S&MLCと組んで偽血を造り、世界中にばら撒いてる張本人よ!」
猛スピードで突っ込んでくる飛翔体有り。瞬間、梗吾の剣戟を躱したかと思うと、今度は距離を取った。
黒き両翼を広げるとそこからリツカと落とされた右腕が現れる。瞬く間にそれらの回収をやってのけたルビアが、状況を飲み込むのにそう時間はかからなかった。
「わたしのストーカーのくせに、なに二度も生意気に助けられちゃってるのよ」
「だって。詳しい話、聞きたいでしょ?」
「その前に! わたしの心臓、早く返してくれない? そのせいで力も弱まってるし、見た目だって子供扱いされるくらい、ちっちゃくなっちゃってるしで散々なんだから!」
「油断したわけじゃないんだけどなー。ごめん心臓取られちゃった」
「取られちゃったって……そんな簡単に言って欲しくないんだけど!」
「まぁまぁ。一対一じゃどうも勝ち目が薄いから、ねぇ手伝ってよ」
「はぁ?」
「過去10年に渡って調べ上げたこっちの情報資料の提供でどう? 悪い話じゃないでしょ?」
逡巡するルビアだったが背に腹はかえられない。
「……まぁ、それなら乗ってあげてもいいかしら。餅は餅屋って言うし」
「あの余裕面を壊してやりたいのよ。手を貸して」
時間回帰術式は完成され、リツカの右腕も元に戻る。と、いつもは飄々としているリツカの顔つきが変わった。
「監視する側と監視される側が共闘に転じるか。むしろルビア君は我々の味方であると認識していたのだが」
「わたしはずっと人間を吸血体に変える偽血の出所を探していたの。もし彼女の言う通りなら、今からあんたはわたしの敵よ」
「忌み嫌う聖堂騎士団が吐く言葉を鵜呑みにして良いのかい。君を体よく利用するための虚言や妄言の類いかもしれないよ」
「信じたわけじゃない。どちらにつくべきかを考えただけよ。その手にあるもの。きっちりと返してもらうわ!」
「仕様がない。弱体化しているとはいえ吸血王。殺すにも封殺するにも骨が折れる。四肢を刎ねてやって動きを止めることにしよう。それならば回復にも時間を有する」
「やれるものならやってみなさいよ。あとわたし、吸血王ってあだ名認めてないし、だいっきらいなんだから!」
それは正に瞬足。瞬き一つの間に梗吾の眼前まで近づいたルビアは、翼を伸縮させた打撃を高速で見舞った。
反応しきれず、軽々と吹き飛ばされる梗吾の身体は診療所、正面玄関を突き破った。
「加減はしたわよ。さぁ立ちなさい」
「……翼で首を刎ねるなり、心臓に突き立てるなり、今ので僕を殺そうと思えば可能だったはずだ。その人を殺せない甘さこそが、全く不変の君の悪性だよ」
「何の話よ」
「いずれ分かる話さ」
立ち上がり真正面から突っ込んでいく梗吾。改造聖剣の刀身が眩いほどに輝きを増す。
剣筋を見ていなければ先と同様、何もかもが溶断されて終わってしまう。が、ルビアは繰り出される剣戟全てをひらりと躱しきり、反撃に翼を連続で打ち込んだ。
肉迫する両者。
「血術とかっての使わなくても善戦してる……私いらないじゃん」
その場の判断でサポートに徹すると決めたリツカは、時間回帰術式が組み込まれた宝鍵をはずし、別の宝鍵を差し込み直す。
「恩を仇で返すとはまさにこのこと。輸血の効果がきいているみたいだね」
「人の命を軽んじてるやつなんかに施されたこと、後悔してるわよ!」
「心臓のない今、血術を使わないのは体内の血液量をセーブする必要があるためかな?」
「だったら……どうだって言うのよ!!」
両翼を巨大化させ、大剣に見立てて振り下ろす。粉塵が舞い、忽ちアスファルトはひび割れ、隆起した。
「輸血でここまで回復するのか。素晴らしい」
避けきれなかった梗吾のぱっくりと割れた両腕の傷口から鮮血が流れ出る。
「素晴らしいって。あんたさっきからどうも話が噛み合わないのよね。どういう意味か訊いても答えてくれるのかしら?」
余裕のあるルビアが問い詰める。
「僕が輸血した血液はごくごく少量で、些か君を完全回復にまで至らせるものではなかったんだよ。なのにどうしてここまでの調子を取り戻せたのか。そもそも輸血された血液が一体誰のものだったのか。妙に身体に馴染むことを疑問に思わないのは何故か。通常ならば君が疑うべきは僕であるはずだろう?」
「何か、したわね。わたしの身体に……!」
会話に興じる隙をみて、リツカがクリアマヌスにて梗吾の左腕を握る。このまま心臓部を離すまで力を込めつつ潰すつもりだったが、事はそう上手く運ばない。
「話の途中なんだが。君はもう充分に働いてくれたよ。僕の元にこの心臓を運び届けた時点で役目は終わったんだ。退場願おう」
梗吾が剣先をふいにリツカへ向ける。と、予備動作もなしに刀身から高密度の魔力の一閃が放たれた。それはまるで熱破壊光線とも言うべきか。背後にあった山の斜面は一直線状にえぐれ、爆発の影響で地面も天にかかる暗雲すらも払われ、辺り一帯が魔力と霊力の残滓によって澄み渡っていった。
「よく反応出来たね。さすがだ。君はそうすると思っていたよ」
ルビアは満身創痍のなか、立ち尽くしていた。
咄嗟のことリツカを庇ったルビア。そうするであろうことも梗吾は理解していた上で撃ち放ったのだった。
「何、なんだ……これ……」
先の爆発音で玄関先で起きている異変に気付かないわけもなく。木刀を片手に一階へと降りてきた真中が惨状を目の当たりにする。
「ようやくおでましか」
ルビアに向けられた実の父親の殺意を見て真中はひどく困惑した。
「常々思ってはいたことだが、昨年の修学旅行で買ってきたその木刀。購入理由こそついぞ読めなかったが、なるほど。こういう時のためか」
平常を保ち、笑みまで見せる梗吾に真中の思考は追いつかなかった。
「何でそんな嬉しそうなんだ。親父は一体何をやってるんだ!」
それを無視してルビアにまたも剣先を向ける梗吾。地形を変えるほどの一閃を見ていた真中は、無意識のうちにルビアの前に立っていた。
「なにやってんのはこっちの科白よ! 無事じゃ済まないわよ!」
「俺の身を案じてそう言ってくれてるってことはだ。きっとお前は悪いやつじゃない。なら、親父が間違ってるってことになる。とにかく話を訊くまではここをどかな……」
梗吾の光刃は真中の心臓を貫き、焼き切った。
「…………っ!?」
「予定通りだ。これを待っていたんだ僕は」
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