第一章「吸血王のゆくえ」#6
島民の救出と移送手段の手配に取り掛かかるべく、リツカはまず手始めとして聖堂騎士団総騎士長に現状を報告した。
「あんな堂々と開き直るなんて。それに置き土産だとかで最悪の事態なんだってこっちは。教会への根回しは任せるから。緊急避難措置につき後は現場判断ってことで」
リツカの騎士団長権限をもって、日本国内に配備されていた陸自保有の輸送用大型ヘリが鳳凰島に向かうこととなった。
「こんな大規模な作戦展開今までなかったけどやるしかなさそう。特別警報の内容は鳳凰富士火口の噴火ってことで。二人は小学校のグラウンドに向かって。そこがヘリの降下ポイントになってるから」
「聖堂騎士団ってどこまで出来るのよ。拠点はローマでしょ」
「私たちに管轄や国境なんてないの。だって東京生まれ東京育ちの私が騎士団長やってるくらいだし」
しかしそこで島民として暮らしてきた真中にとって、一つの不安要素が生まれる。そもそも廃病院と学校はさほど離れた場所にあるわけではないのだ。
だからと言って島全体が活火山で出来ている鳳凰島に大型ヘリが着陸できる場所など、他に検討つかない。
加えて真中には思い出したことがあった。
「まずい。ヒロが学校に行ったままだ。寮にはまだ戻ってないはず」
「よりにもよってこんな危ない夜に何の用よ」
「俺が慌ててたせいで、カバンを置いてきて。それを取りに行ってもらってた。多分今頃はまだ……」
「ちょっと!」
真中はヒロを助けに行こうと踏み出す。も、身体がついていかずふらつき、へたり込んだ。
「バカなの!? そんな身体で走って行く気? 呆れた。わたしの心臓を無理矢理移植されたのよ。人には過ぎた力なんだから、そう簡単に適応するわけないじゃない」
「じゃあ他に方法があるのか? 今すぐ行かないと手遅れになるかもしれない!」
「手ならあるわ。一番速い方法がね」
「俺まだ15だぞ。バイクの免許だって持ってない……」
「そんなもの必要ないわ。飛ぶんだから」
「飛ぶ……?」
ルビアの背中から蝙蝠の如き黒き翼が生え、初めて見る真中は目を丸くする。
「嘘だろ……」
「マジよ大マジ。細かい話はこの島を無事に脱出できたあとにしましょ。振り落とされないように捕まってて!」
動揺する真中を余所に、ルビアは慣れた様子でさっと抱えて飛び立った。
「本当に、浮いてる……!」
「浮いてるんじゃなくて飛んでるの。あと、関係ないけど意外と軽いのね、真中」
「53kgだ。落ちないか?」
「見くびらないでちょうだい。子供一人くらいどうってことないわ。そんな心配より学校はどっち? ほら運ばれてきた時、意識なかったから」
「指示は俺が出す。後は任せた」
鳳凰島全体を見渡すように夜空を駆け抜ける二人。程なくして通い慣れた校舎が視界に入ってくる。
ーー*ーー
3階廊下端に位置するのが真中とヒロの通うクラス、一年C組である。月夜に照らされた伽藍堂とした教室にぽつんと一人。制服姿のヒロがちょうど真中の置き忘れたカバンを拾い上げたところだった。
「あった。そんなにあの画に賭けてたんだ。まぁ何事も全力でって、真中らしいっちゃらしいけど」
無理を言って教室の鍵を借りていたヒロは、棟の反対側にある職員室へ向かう。
数十メートル先。明かりの漏れる職員室から、教育指導のサカイ先生が顔だけ放り出す形で、こちらを向いて倒れていた。
「先生……?」
「ヒロ、逃げろ!!」
「えっ!?」
職員室手前のドアから、白シャツを血まみれにしたカントクが、息を切らせて飛び出してきた。その肩に担がれているのはライタである。
「え!? 何? ち、ちょっと……血、出てますって!」
「説教中にな、不審者が乱入してきてサカイ先生は俺たちを庇って喰われたんだよ。訳わかんねぇまま、横を見るとライタが腰抜かしてるから、抱えて逃げようとしたらこの有様だ」
「喰われたって何? 犬とか?」
「この島野犬も多いからな、って違う! だが上手く説明も出来ん」
「よく分かんないけど、酷い怪我。早く真中ん家に……」
「僕なんか、放っておけばこんな目にもあわずに済んだものを。どうして格好つけて体当たりなんかしたんだ!」
恐怖で動けなくなった所を助けた為に生じたカントクの負傷。誰よりも責任を感じていたのはライタ自身だった。
「馬鹿言え! 約束忘れてねぇだろうな。俺はお前の脚本で撮りてぇんだ! お互い夢叶えるまでは死ねねぇだろうが!」
叱責されようやくカントクの言葉で我に帰った矢先、元凶であるそれは姿を現した。
「それもそうだ。ただ、今の大声でこっちに気がついたぞ」
「あれがサカイ先生と、俺の横っ腹を喰った野郎だ」
対面を果たすヒロと吸血体。
首から下だけはかろうじて人であった面影があるものの、頭部に至っては八つに裂け、全体が口腔部と化しており、酸の唾液を絶えず垂れ流していた。肌も赤黒く濁り、うう、ううと唸るだけで知性も皆無。転化が進んだ人間の醜悪な末路であった。
未だ満たされないのだろう、そんな飢えに飢えた吸血体が三人に向かい全速力で迫り来る。
腰が抜けて立てないライタと、歩けるのがやっとなカントク。この場において、二人を助けられるのは必然的にヒロしかいなかった。
左手を前に出し右手は握りつつ腰に添える。構えの披露はヒロの本気を意味していた。一切の手心はなし。正面を見据えるヒロの眼差しは一瞬にして切り替わった。
飛び込んでくる吸血体。直線的な動きを軽く見切り、代わりの右拳を腹部に打ち込んでやる。
吸血体は女の叫び声にも似た、耳障りな甲高い雄叫びを上げながら怯んだ。
「一発かましてやったな、さっすがヒロ! 真中の師匠なだけあるぜ!」
もはや感情など失われた吸血体。あるのはただ人間の鮮血と肉を喰らい、無限に近い空腹感を埋めようとするための純然たる本能だけ。屈せず再び詰め寄ってくる。
同じく動きを見て対処に挑まんとするも、吸血体はだらりと垂れる両腕を、鞭のようにしならせて飛び込んで来た。
「……っ!」
ガードするものの、人間離れした単純な力と、腕のリーチを活かした打撃にやられ、隣の事務室にまで突き飛ばされるヒロ。
「いたっ……」
立ちあがる際に左前腕部、橈骨と尺骨が折れていることに気付く。
それらを踏まえた上でヒロはすぐさま掃除用具入れのロッカーを開け、T字型箒を取り出した。邪魔な先端を足でへし折り、即席で槍を作る。
「準備完了……」
特攻覚悟でリーチのギリギリ外まで接近。隙を見て口腔部にそれを思い切り突き入れた。
「その腕の大振りならさっき見たって。二度目はないから、それでも食べてなさいよ!」
またも踠き苦しむ吸血体。刺さった箒の柄を抜き取ろうとするも、ヒロは既に懐に入り込んでおり、右拳を振りかぶっていた。
「もういちげ……き!?」
反撃としてなのか、ただ喉奥のものを溶かす為なのか。吸血体から溢れ出てくる唾液はあちこちに飛び散り、ヒロも期せずして浴びてしまう。
「……ゔうっ!!」
点々と部分的に制服は溶けてなくなり、露出していた太腿にまでも付着。皮膚は焼かれ、鋭い痛みが走る。
所詮が学校備品の安箒。そこで脆くも折れてしまい、残る木片も消化した吸血体は、次の餌としてヒロを見下げた。
脚が震える。恐怖からなのか、痛みからなのかはもう分からない。
「……立って、お願いだから」
吸血体の頭が花弁のように開き、その悍(おぞ)ましい口に呑まれようとした瞬間。事務室の窓ガラスは一斉に砕け散った。
「……今度は何?」
月夜の逆光に照らされ、現れる二人。
「行くわよ!」
「ああ、頼む」
翼に包まれたまま勢いよく射出された真中は、その状態から吸血体に向かって強烈な跳び蹴りを繰り出した。
「真中!?」
その威力は計り知れず、事務室を抜けて廊下にぶち当たり、そのコンクリート造りの壁面をも破壊しながら突き破っていった。
蹴りをどかし、着地を決める真中。吸血体は原形を留めぬほどにぐちゃぐちゃに潰され飛散した。
「勢いつきすぎて中庭まで出たのか。にしても……」
力の強大さを思い知りながら、歪な形の穴が空いた校舎三階を見上げる。
「さっきまでとは確かに違う。これが親父の望んでた俺なのか。これでもまだ充分に力を発揮してないことが感覚で分かる……」
真中がそう独り言ちていると、ヒロの声が飛び意識はそちらに向いた。
「まずいんだって! 早く上がって来て!」
「?」
急ぎ真中は校舎の階段を駆け上がり、四人と合流する。
「ヒロ。それにカントクとライタ先輩……」
「私たちのことは大丈夫だから。窓の方、見て」
学内を囲うフェンスに群がる吸血体の大群。中には、正門をよじ登り無理矢理侵入して来るものもあった。
「ざっと見て100はいるよね」
「敷地を出ないと小学校には着かない」
「小学校?」
「そこが本土移送用ヘリの降下する場所に指定されてるんだよ」
「いや、普通に無理でしょ……そもそも噴火じゃないの!?」
「何とかなるさ。俺とルビアがいれば」
「ルビアちゃん? 何でここで出てくるの?」
話題に出た当人は終始押し黙ったまま、窓の外を眺めていた。それから重い口を開く。
「あの場でわたしが行ってたら、ヒロは間に合わなかったかもしれない。そうよね、真中」
「何のことだ」
「あの吸血体のことよ」
ルビアはべっちょりと肉片がこびりついた真中の靴底を一瞥した。
「ああ。でもあまり深くは考えなかったな。考えるよりはまず行動ってのが俺の性分みたいで。ヒロを助けたい気持ちしかなかった」
「だから天動梗吾は次の吸血王として真中をたてることにした」
「話が見えてこない。何だって言うんだよ」
不殺の誓いを立てているルビアは緊急時とはいえ、真中が吸血体を殺めたことに心痛めていた。
それからそっと黙祷した。
「ルビア? 何か変だぞ。大丈夫か?」
「あんたなんかに心配されるようなことなんて何もないわ。それより長居は無用、全員揃ってとっととここから抜け出す方法を考えるわよ」
その真意に真中はまだ気づかないまま、こうして四面楚歌の五人による、わずか1キロにも満たない決死行が始まった。
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