第一章「吸血王のゆくえ」#1

 東経139度、北緯32度に位置し、羽田空港から空路で65分。竹下桟橋から海路で11時間を以て到着する。

 人口は7500人弱だが空港から漁港。小、中、高と学校や病院、コンビニエンスストアまでも有しており、最低限生活するのに不自由はない。

 島の財政を支えるのは主に漁業、火山活動度ランクCの活火山鳳凰富士と綺麗に整備されたビーチ。それと並行した海上アクティビティを利用した観光業の二つ。名産品は霊鳥を模して焼かれた鳳凰サブレ。

 それが太平洋上に浮かぶ小島、伊豆諸島・鳳凰島である。

 島の内陸部。城南大学付属高等学校分校の屋上に彼らは居た。

 放課後、今まさに一世一代のワンシーンを撮るべく映画研究会の四人は、本来立ち入り禁止の屋上で撮影場所の確認をしている最中だった。

 カントクこと高野セイジと、ライタこと吉岡ライタが二人揃って校舎に設備された、剥き出しの大時計を上から覗き込んだ。


「思ってたより何て言うか……高いな」

「高所でのアクションを求めたのはカントクだろ」

「ねぇ本気でやる気なの、真中は。いくら演者だからって今回ばかりは付き合う必要もないんじゃない?」


 ストレッチを欠かさない黒髪で短髪、身長は高校一年生にしては低いほう。165cmくらいだろうか、小柄なマナカと呼ばれた彼が天動真中てんどうまなか


「絶好の撮影日和っしょ。今日逃したら明日から雨だって予報出てるし」

「私がしてるのは天気の話じゃなくてさぁ」

 

 毛先にくせのあるショートカットヘアの彼女。映画研究会の紅一点、希嶋きじまヒロが呆れたと言わんばかりに愚痴をこぼした。


「ヤバいと思ったら速攻上がってこい! ついでに言うと先生に見つかってもアウトだからな!」

「どうせカントク、許可取りなんてしてないだろうからね」

「心配しなくっても俺の方は問題ないっす。それより先輩はカメラを頼みます。最高の画にしてみせるんで、後はよろしく……」


 そう言って柵を乗り越え、軽々と長針に飛び移った真中。

 咄嗟にカントクが実費で購入したビデオカメラを回す。


「よろしくっておい、まじか。まじでやるのか! かぁー! ジャッキーチェンかよ!」

「そこはハロルドロイドじゃなくて?」

「言ってる場合? いくら真中でも危ないって!」

「ヒロの言う通りだ、無理すんな。お前も超人とは言え、ジャッキーには及ばん。シーンの撮影にはセットを組むからお前はとっとと上がって来い!」

「簡単に言うけど、そんな時計台のセット組むような予算、うちのどこにあるって言うんだよ。あくまでも僕たちは映画研究会。正式な部活動じゃないから、予算はおりずゼロ。自主映画作るにもいっつもジリ貧」

「そうでも言わないと真中、諦めないだろ! というかこの台本、そもそも書いたのライタじゃねぇか!」

「それは責任転嫁ってもんだろう! 僕の脚本はあくまでもカントクの意向を汲んだものだ!」

「カントクもライタさんも丸聞こえだから。二人ともバカやってないで早く手伝って……私一人じゃさすがに届かない……っ!」


 ヒロが手を伸ばすも、真中の身体はぶら下がったまま手を離すことが叶わない。というよりもカントクのカットがかかるまで、離す気などなかった。


「……っ!?」


 しかしながら、やる気に反して真中の掌は手汗をかき始め、じりじりと滑り落ちていく。


「真中!!」

「何やってんだ、お前らーっ!!」


 ヒロの叫び声が先か、居合わせた教師から放たれた怒号が先か。真中はまもなく長針を握っていられなくなり、真っ逆さまに墜落していった。


「まずい! 真中を拾ってダッシュで逃げるぞ!」

「あの声、サカイ先生だった。逃げられるわけない。僕達の担任だぞ! ついでに陸上部の顧問だ!」

「真中!」


 ヒロが飛び出し、続けて二人も屋上から駆け降りる。


「痛ってて……」

「またお前たちか、映画研究会!」


 見上げると強面の顔がそこにはあった。


「毎度、お騒がせしてます……」


 真中が小声で反応する。と、そこへヒロを先頭に三人が駆けつけて来た。


「三年生にもなって何危なっかしいことを後輩にやらせてんだ! 高野が責任者だったな。吉岡も来い! まとめて本校の規範を叩き込んでやる! 一年二人の行動も、お前たちの担任に報告しておくからな! そっちはそっちでたっぷりしぼられろ!」


 襟首を捕まれ、あえなく連れていかれるカントクとライタ。残されたヒロは真中の怪我の具合を見た。

 地上から15m以上はあるだろう時計台からの落下。命綱等もしていないなかでのアクシデントは大怪我か、運が悪ければ死を意味していた。だがそんな当の本人はあっけらかんと。


「なーんかもっと上手くいくと思ったんだけどな。やっぱあのシーンって凄いんだな……」


 などと抜かしている始末。ヒロにとっても日常茶飯事。慣れたことなのだが、内心いつも側では身が縮む思いを繰り返していた。


「見てるこっちは心臓に悪いってこと気づいてる?」

「ハラハラしたんなら、臨場感のある良い芝居が出来てたってことじゃないのか?」

「ちーがーう! ほらここだって」


 ヒロが袖を捲り、右腕を露出させると上腕の骨の一部が折れたのか、腫れ上がっていた。


「こんな怪我。これだって数分経てば元通り。そういう体質なのも知ってるだろ。ヒロは特に本土の時からの仲なんだから」

「知っててもいつ死ぬかなんて誰にも分かりようがないでしょ! 怪我の治りが早いだけで、あんたなんてただの無茶しいで、大飯食らいで、クールぶってるけど直情的な安直バカなんだから!」

「何怒ってんだか」


 まるで他人事のように聞き流し、右手をついて真中が起き上がる。


「散々骨折も捻挫も打撲も風邪もインフルも通ってきたけど、何ともなかったろ? 車に撥ねられた時もあったっけ」

「車の方がめり込んでスクラップにしちゃったやつでしょ」

「俺の身体は頑丈に出来てるんだよ、きっと普通の人よりずっと。でも別にそれも個性だって。だから気にしてもしょうがないし、悩むのもやめた。まぁ欠点があるとしたら燃費が悪いことくらいか。昼飯さっき弁当食べたばっかなのに、もう腹減ってる」

「それ単に食い意地張ってるんじゃなくて?」

「購買部はもう閉まってるから、ちょっとコンビニ行ってくる」

「じゃあ私も行く……何か危なっかしいし」

「すぐそこだけど」

「いいの!」


 まだ完全に治りきったとは言えない真中とヒロは連れ立って、校外のコンビニへと歩き出した。

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