IT運用監視員の異世界保守日誌 〜月一の帰社日に絶命した俺、現場の知恵で吸血鬼のバグ(権能)を無効化する。エリートお嬢様、その結界は既に穴だらけですよ?〜
第044話:膝枕でのログアウト。お嬢様はスリープモードを許さない
第044話:膝枕でのログアウト。お嬢様はスリープモードを許さない
休憩室に満ちていた重苦しい雰囲気は、アリサの「お腹の虫」という、非常に世俗的な通知によって霧散した。
「……あ。……今の、忘れて」
「いいえ。優先度の高い警告(アラート)として記録されました」
顔を真っ赤にするアリサに、俺は少しだけ笑って応じた。 丸一日のオフラインを経て、俺の脳もようやく通常運転を開始している。俺は魔導盤を閉じ、ソファに座る彼女の足元、床に直接腰を下ろした。冷たい床の感触が、まだ微かに熱を持った頭を冷やすのにちょうどよかった。
「お嬢様。その……今回の件で分かったことがあります」
俺は床に座ったまま、ソファのアリサを見上げる。 公国から送り込まれた兵士たちがゾンビ化していたこと。吸血鬼ジル・ド・レという強大な個体さえ、魔導書という外部リソースによって「駆動」させられていたこと。
「ゼニス公国は……おそらく、すでに一国としての機能を失っています。あれはもう『国』じゃない。巨大な意志に寄生され、内側から食い荒らされている……いわば、感染済みの巨大な箱ですよ。何者がそれを操っているのかは分かりませんが、目的はこの世界の整合性を根本から書き換えることにある」
「感染……。恐ろしいことを言うのね、レイン」
アリサが震える手で、俺の肩に手を置いた。 彼女にとって、公国は古くからの隣国であり、脅威ではあっても「理解可能な相手」だったはずだ。それが今、正体不明の何かに乗っ取られた亡霊国家になっているかもしれないという推測は、この地を守る騎士としての矜持を揺さぶるものだろう。
「原因を突き止めなければなりません。俺の手元にあるこの魔導書が、その『源流』へのアクセスキーになる」
「……そうね。でも、今はまだダメよ。あなたの目は、まだ充血しているわ」
アリサがそう言うと、強引に俺の肩を押し下げた。 逆らう力もなく、俺の頭は彼女の膝の上に「着地」した。いわゆる、膝枕というやつだ。
「お、お嬢様? これは……リソースの無駄遣いというか、その、不適切な権限移譲では……」
「黙って寝なさい、レイン。さっき起きたばかりなのは知っているけれど、あなたの顔色はまだ最悪よ。……私が許可するまで、勝手に動き出すことは許さないから」
彼女の膝は驚くほど柔らかく、微かな温もりが、再び俺の意識を
「レイン……。あなたがこの砦に来てから、世界が凄く変わって見えるの。絶望的な戦いさえ、あなたが魔法盤を叩くだけで、ただの『直し甲斐のある間違い』に見えてくる。……だから、お願い。壊さないで。あなた自身の心も、体も」
彼女の真紅の瞳が、慈しむように俺を見つめていた。その瞳は、かつて戦場で見た鋭い光ではなく、暖炉の火のように穏やかだった。 俺は目をつぶり、アリサの鼓動を遠くに感じながら、思考のプロセスを一つずつ停止させていく。 公国の謎。ブラッドハート家の禁忌。魔導書の解析。 それらは全て、次の起動(ウェイクアップ)まで保留(ペンディング)にしよう。
「……了解です、お嬢様。……短時間の、省電力モードに入ります……」
「ええ……。おやすみなさい、私の最高に頼もしい魔導技師さん」
アリサは少しだけ悪戯っぽく、俺の言い回しを真似てそう呟いた。 夕闇が部屋を包み込み、俺は今度こそ、エラーのない、穏やかな眠りへとログインした。 だが、その意識の境界線で、俺の魔導盤が微かな振動を響かせた。 それは、北の果て、ゼニス公国の深部から届いた――「未知のパッチ」の受信通知だった。
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