IT運用監視員の異世界保守日誌 〜月一の帰社日に絶命した俺、現場の知恵で吸血鬼のバグ(権能)を無効化する。エリートお嬢様、その結界は既に穴だらけですよ?〜
第042話:戦場のクリーンアップ。全プロセスの正常終了
第042話:戦場のクリーンアップ。全プロセスの正常終了
ジル・ド・レという巨大なエラーの源(プロセス)が完全に停止したことで、戦場を覆っていた不自然な熱気は、霧が晴れるように急速に冷え込んでいった。 かつて死霊の軍勢がひしめき、絶望の叫びが響いていた砦の南側は、今や静まり返り、ただ瓦礫と埃が朝の風に舞っている。
俺は魔導盤(コンソール)を操作し、戦域内の「残留魔力」を広域スキャンした。 画面には、かつて真っ赤に侵食され、エラーを吐き出し続けていたトポロジー図が、一箇所ずつ、ゆっくりと正常な色へと上書きされていく様子が映し出される。
「……掃気(フラッシュ)、完了。全プロセス、正常終了を確認」
俺がそう呟いた瞬間、砦のあちこちで小さな光の粒が空へと昇り始めた。 それは、ジル・ド・レの魔導書によって強引に現世に繋ぎ止められ、兵士や怪物として「再利用」されていた魂たちの残滓だった。
システムに無理やり常駐させられていた不正なコードが、ようやく本来の場所へと帰っていく。 光の粒は、泣いているようにも、あるいは晴れやかな笑顔で礼を言っているようにも見えた。彼らはもはや、誰かを傷つけるための武器ではない。
「レイン……見て。綺麗ね……」
アリサが剣を杖がわりにして立ち、空を仰いで細い肩を震わせる。 彼女の目には、これが「魔法の奇跡」に見えているのかもしれない。だが、俺にとっては、膨大なエラーログが一行ずつ消去され、メモリが真っさらな状態へと戻っていく、エンジニアとしての安堵感に近い。
「ええ。これでようやく、彼らも『解放』されました。……死んだ後まで、他人のプログラムの一部として働かされるなんて、最悪のブラック企業ですからね」
俺の皮肉混じりの言葉に、アリサは少しだけ口角を上げた。 ゾンビとして動かされていた死者たちが消えた後には、彼らが身につけていた古びた鎧や、朽ち果てた剣だけが残されている。それは、かつてこの場所を守ろうとした、あるいはゼニス公国から望まぬ戦いへと駆り出された、名もなき人々が生きていた証だ。
俺は騎士団の生存者たちに指示を出し、それらの遺品を一つずつ回収させた。
「……クリーンアップは、ただ消去するだけじゃない。残された『遺産(資産)』をどう扱うかが、次の構築を左右する」
死者の遺品をまとめ、埋葬の準備を進める。 傷ついた生存者たちを、安全な内郭へと誘導する。 砦の壁に残った「魔力の焦げ跡」を、中和剤で洗浄し、物理的な瓦礫を撤去する。 それら一つひとつの泥臭い作業が、戦場という名の異常系(アブノーマル・ケース)を、再び平穏な日常へと戻すための『正常化手順』だった。
砦の騎士たちは、疲労困憊の状態でありながら、黙々と作業に励んでいた。 彼らが時折、俺の横を通り過ぎる際、深く頭を下げていく。
「レイン殿、お疲れ様です! 南門の応急処置、終わりました!」 「水路のゴミ詰まり……いえ、死骸の除去、完了しました! 次の指示を!」
砦の騎士たちは、疲労困憊の状態でありながら、黙々と作業に励んでいた。 彼らが時折、俺の横を通り過ぎる際、深く頭を下げていく。
「レイン殿、お疲れ様です! 南門の応急処置、終わりました!」 「水路のゴミ詰まり……いえ、死骸の除去、完了しました! 次の指示を!」
かつては「得体の知れない技師」として、俺を遠巻きに見ていた彼らの瞳には、今や明確な信頼の色が宿っていた。 俺が指示を出すたびに、崩壊寸前だった砦の諸機能が、目に見えてアクティベーション(有効化)されていく。
「……ふぅ。これでクリティカルな問題は、ひとまず解消したはずだ」
俺は魔導盤を閉じ、重い腰を上げた。 数日間、一度もシャットダウン(睡眠)していない俺の体は、すでに限界を知らせる警告灯(アラート)を脳内で点滅させている。 視界が少しずつ歪み始め、膝が笑っているのが自分でもわかった。脳がオーバーヒートを起こし、まともな思考がまとまらなくなってくる。
「お疲れ様、レイン。……もう、いいわよ。あとは私たちが引き継ぐから」
アリサが歩み寄り、俺の背中にそっと手を添える。 その温もりが、張り詰めていた俺の精神(スレッド)を、ぷつりと切った。
「……すみません、お嬢様。少し……オフラインに、なります……」
俺は返事も待たず、崩れかけた壁にもたれかかるようにして、そのまま深い眠りの海へと沈んでいった。 背後でアリサが慌てて俺の体を支える感触がしたが、それを確認する余裕すら、今の俺のリソースには残っていなかった。
戦域トポロジーの全ての点が、緑色の「NORMAL」へと変わるのを確認した、コンマ数秒後のことだった。
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