第040話:ガベージコレクション(大掃除)の実行

 瓦礫に埋もれ、外部からの供給(召喚)を断たれたジル・ド・レが、運河の底で呻き声を上げる。  ポートが物理的に塞がれたことで、キメラの巨躯を維持するための魔力パケットも、もはや行き場を失って暴走を始めていた。


「終わりだ、ジル・ド・レ。……お前の書いた『クソコード』の、メモリ解放(お片付け)の時間だ」


 俺は魔導盤の最終シーケンスを起動させる。  画面には、運河の底に溜まった膨大な死霊のエネルギーが、どす黒いエラーログのように明滅していた。


「レイン、どうするつもり!? あのキメラの体には、まだ数万の死霊の魔力が詰まっているのよ。下手に刺激したら、この辺り一帯を吹き飛ばす爆発(オーバーフロー)が起きるわ!」


 アリサの懸念は正しい。だが、俺がやるのは破壊(デリート)ではなく、消去(クリーンアップ)だ。


「お嬢様、この運河の底には、かつての治水用の『排水術式』が眠っていますよね。……あれを俺が今、強制再起動(リブート)しました」


「え? でも、あんな古い術式、もう魔力が枯れて動かないはず……」


「供給源なら、目の前に山ほどあるじゃないですか」


 俺は魔導盤のポインタを、キメラの心臓部へと叩きつけた。  運河の壁面に刻まれていた古びた紋章が、青白い光を放ち始める。  キメラに詰まっていた「過剰な魔力」が、排水術式を動かすための『電力(リソース)』として、強引に吸い出され始めたのだ。


「……っ、馬鹿な! 我が至高のキメラが、ただの排水溝の燃料にされているというのか!?」


 ジル・ド・レの絶叫と共に、キメラの巨躯が粒子となって崩れ始める。  不要なデータが、本来あるべき「環境」を整えるためのエネルギーへと変換され、大地へと還っていく。


 システム用語でいう、ガベージコレクション。  メモリ内の不要な領域を解放し、再利用可能な状態に戻す――エンジニアの最も基本的な仕事の一つだ。


 ゴォォォォォ……!


 運河の底を、死霊の霧が清らかな光の奔流となって駆け抜けていく。  やがて光が収まったとき、そこには巨大なキメラも、ゾンビの群れも、跡形もなく消え去っていた。  残っているのは、山のような瓦礫と、その下でボロ布のようになったジル・ド・レ、そして彼が抱えていた黒い魔導書だけだ。


 俺は最後に、魔導盤の画面に浮かぶ『戦域トポロジー図』を指でフリックして閉じた。



[SYSTEM] ALL PROCESS TERMINATED.

[MEMORY] CLEAN UP: 100% COMPLETE.

[STATUS] SAFE.



「……ふぅ。これでようやく、本番環境のデバッグ完了ですね」


 俺が額の汗を拭うと、静寂の戻った運河の淵で、アリサが呆然と立ち尽くしていた。  砦を包囲していたあの絶望的な夜が、嘘のような朝の光に照らされ始めていた。

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