第039話:敵のメモリ領域(召喚陣)を物理的に封鎖せよ

『……信じられない。あの巨体が、本当に動かなくなった』


 通信機越しにアリサの震える声が響く。彼女の手元の端末にも、俺が更新したトポロジー図――「旧運河跡」の座標が『STACK』と赤く点滅している状況が共有されているはずだ。


「ええ。ですが、これは一時停止(サスペンド)に過ぎません。ジル・ド・レの魔導書が『北』や『西』からの供給を受け続けている限り、いずれはこの物理スタックすら強引に計算を書き換えて脱出してくる」


 俺は運河の底を見下ろす。  キメラの頭頂部、重なり合った肉の隙間に挟まったジル・ド・レが、狂ったように魔導書を掻き抱き、魔力を練り続けていた。  彼の足元を中心に、わずかに空間が歪み、不気味な靄が湧き上がっている。それが、ゼニス公国と繋がる「召喚陣」だ。


「……あれが、奴の『メモリ領域』。公国から送られてくる死体データを、ここに一度読み込んでから実体化させている」


 円形の術式から常に魔力が漏れ出し、周囲の空間が微かにノイズが走るように歪んでいる。  俺は魔導盤を操作し、その「座標」を特定した。


「……お嬢様、周囲の騎士たちに指示を! あの召喚陣の真上から、砦の崩れた石材や瓦礫を、可能な限り大量に投げ込ませてください!」


「え? 攻撃じゃなくて、瓦礫を……? そんなことしても、あの強大な魔力の壁に弾かれるだけじゃ……」


「術式自体を破壊する必要はありません。あの召喚陣は、公国と直接つながる『物理的な通路(ポート)』そのものです。そこに魔力の処理能力を超える質量の異物を詰め込めば、通信経路が物理的に遮断される。……強引な『物理ポート・ブロッカー』ですよ!」


 アリサは一瞬絶句したが、すぐに騎士たちに号令を飛ばした。  動けなくなったキメラの周囲には、すでに戦線を押し戻した騎士たちが集結していた。彼らは俺の指示の意図を測りかねながらも、砦の壁だった巨大な石材や、崩れた尖塔の破片を次々と運河の底、ジル・ド・レの足元へと投下し始める。


「無駄だ! そんなゴミのような石塊、我が深淵の魔導がことごとく粉砕してくれるわ! 塵(ゴミ)は塵らしく、虚空へ消え失せよ!」


 ジル・ド・レが狂気に満ちた叫びを上げ、魔導書を掲げる。  投げ込まれた岩塊は、確かに魔力の壁に阻まれ、召喚陣に触れる直前で火花を散らして砕け散る。  だが、俺はそれを冷ややかに見つめていた。


(いいや、それでいい。――防ぎ続けろ、ジル・ド・レ。お前の魔導書が一度に制御できる『事象』には、必ず上限がある)


 次から次へと降り注ぐ巨大な瓦礫。  ジル・ド・レはその一つ一つを「迎撃」するために、膨大な魔力と意識の並列処理を強制され続ける。  やがて、砦の崩落した門扉の残骸が、凄まじい質量で召喚陣の真上へと直撃した。


「ぐ、あああああ!? 術が……結界の維持が、間に合わ、ぬ……!?」


 召喚陣の空間の歪みが、激しく明滅する。  降り注ぐ瓦礫の「物理的な体積」が、魔力による排除能力を上回ったのだ。  ジル・ド・レの足元はみるみるうちに石材で埋まり、公国からの死霊が這い出してくる「隙間」すらなくなっていく。


「……よし。ポートの物理的閉塞(ブロッキング)を確認」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る