第037話:未定義の動作(未踏のバグ)が街を襲う

その巨大な「肉の塊」が最初の一歩を踏み出した瞬間、俺は背筋を走る冷たい感触を覚えた。


 ドォォォォォン……!


 大気を震わせる地鳴り。だが、それは単なる巨大生物が歩く音ではない。  キメラが足を下ろした箇所の空間が、陽炎のように一瞬だけ不自然に歪んだのだ。


「……っ、レイン! 何かおかしいわ、あの化け物、歩いているだけなのに壁が勝手に崩れていく……!」


 五メートルを超える巨塊。数千の死体が雑にパッチワークされたその身体は、もはやこの世界の理(ことわり)が許容する範囲を超えていた。


(……まずいな。存在そのものが『未定義の動作』になっているんだ。接触判定がバグっている)


 決死の覚悟で戦士たちが放った火球がキメラの胴体に吸い込まれるが、爆発すら起きない。  ただ、火球という現象が不自然な黒いノイズとなって消えていく。


(正常な処理(攻撃)を受け付けない、完全な無敵モードか。……いや、違うな。入力された力を『処理できずに破棄』しているだけだ。……なら、やりようはある)


 俺は魔導盤(コンソール)を叩き、この戦場の全体構造――戦域ネットワーク・トポロジーを展開した。



########################

[北:攻撃の送信元]

[★]:ゼニス公国

 |

 |[供給:死霊パケット]

 |

[中央:ゲートウェイ]

[■]:カステル砦

 |

 |[侵入:巨大キメラ]

 ↓

[西:サブノード] =[▼旧運河跡]=[東:ストレージ]

[△]:静寂の古森 =[(現在地)]=[#]:農地

(召喚陣・裏ルート) (スタック誘発) (リソース源)

|       |       |

+-------+-------+

        |

        ↓

     [南:目的地(DEST)]

     [●]:宿場町・城下町

########################



「……お嬢様、街へ行くルートに、古い運河の跡地がありましたよね?」


「え、ええ。もう水は干上がっているけれど、深い溝が残っているはずよ。それがどうかしたの?」


「あいつをそこに誘い込みます。……いくら物理法則を無視した挙動をしていようと、この世界上で座標を持っている以上、逃れられない致命的なエラーがある」


 俺は地図データに表示された運河跡(トラップ・ゾーン)をクローズアップした。  西の古森、東の農地。その間に口を開ける巨大な「溝」。


「……予測不能な動きをするバグは、一番複雑な場所へ追い込んでやるのが定石(セオリー)です。自分自身のデタラメな挙動に、その身を焼き切らせてやる」


 俺はキメラを射抜くように睨みつけ、挑発するように魔導盤から高出力の信号を放った。   「おい、ゴミデータの塊。……俺がもっと面白い遊び場へ案内してやるよ」


 キメラが耳を劈くような咆哮を上げた。  歪んだ巨躯が、俺という修正プログラムを排除せんと、猛然と、そして不気味なスライド移動でこちらへ向かってくる。


 物理を越えた怪物を相手に、俺は「地形の綻び」を武器に取った。  狂った元帥への反撃は、ここからだ。

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