第036話:物理的なパッチワーク(キメラ生成)

 砦の重厚な石造りの門が、重々しい音を立てて開く。  外の空気は、鼻を突くような腐臭と、ジル・ド・レが垂れ流す澱んだ魔力のノイズに満ちていた。


「レイン、無茶よ! まだ外には動かなくなったゾンビたちが山ほど転がっているのよ。もしあいつが……」


「だからこそ、今なんです、お嬢様」


 俺は魔導盤のポータブル端末を片手に、足場の悪い戦場を突き進む。  通信機越しのアリサの制止を、冷静な論理で遮った。


「私が先ほど行ったのは、あくまで実行命令の『一時凍結(サスペンド)』に過ぎません。ゾンビたちのメモリには、まだ未処理のデータが残っている。奴がそれに気づき、無理やり再利用(リサイクル)を始めたら、今のフィルタリングでは防ぎきれない」


 案の定だった。  戦場の中央、ボロボロになった赤いマントを翻し、ジル・ド・レが血走った眼で魔導書を掻き抱いている。


『……おのれ、おのれぇ! 私の術式を汚したのは貴様か! 名もなき技師風情が、私の芸術に土足で踏み込みおって!』


「芸術? 笑わせないでください。あなたのやっていることは、壊れた古いコードをコピペして、エラーを無視して回し続けているだけだ。そんなものは、ただのゴミ(ジャンク)ですよ」


 俺の言葉が逆鱗に触れたのか、ジル・ド・レの周囲で魔力が爆発的に膨れ上がった。  だが、その魔力は先ほどのように「軍勢」を動かすためではなく、一点に、地面に転がる無数の死体へと向かった。


『ならば見せてやろう。個を捨て、全を一つに! 私の愛するジャンヌを、この地に繋ぎ止めるための、究極の容れ物を!』


 瞬間、異様な光景が広がった。  地面に伏していたゾンビたちが、磁石に吸い寄せられる鉄屑のように、猛烈な勢いでジル・ド・レの前へと集積し始めたのだ。


「……っ、何が起きているの!?」


「オブジェクトの強制結合です。……なんて雑な処理だ」


 俺は思わず眉をひそめた。  それは「合体」などという生易しいものではなかった。  腕の上に脚が重なり、胴体に別の頭部が突き刺さる。解剖学的な整合性を一切無視し、ただ「肉の質量」を確保するためだけに、死体たちが物理的にパッチワークのように繋ぎ合わされていく。


(……これはひどい。個々のゾンビが持っていた属性(プロパティ)を無視して、強引に一つの大きなバイナリデータに書き換えてやがる。まさに『物理的なパッチワーク』だ)


 数秒後、そこに立っていたのは、高さ五メートルを超える異形の巨塊だった。  無数の腕が体表からのたうち回り、いくつもの顔が同時に呻きを上げる、肉の塔。


[ SYSTEM LOG ]

----------------------------------------

Warning: Unidentified Object Detected.

Type: Corrupted Chimera(物理的パッチワーク)

Status: Resource Overload / Illegal Merge...

------------------------------------------------------


「お嬢様、最悪のパターンです。奴は制御しきれなくなった個々のプロセスを一つにまとめ、巨大な『キメラ』として再構築(ビルド)しやがった」


「あんな大きなもの、どうやって倒せばいいの!? 攻撃しても、また別の死体を取り込んで修復しちゃうわよ!」


「ええ、まともに戦えばそうなります。あれは一つの巨大な『メモリ不足(リーク)』の塊だ。存在するだけで周囲のリソースを食い潰し、物理的な質量で全てを押し潰す……。個別の制御を諦めて力押しに特化した、戦場の『巨大な一括処理(バッチ)』ですよ。」


 キメラが、不揃いな数十の眼球を一斉に俺へ向けた。  その巨体が揺れるたび、結合部の肉が剥がれ、そこを新たな死体が埋めていく。  ジル・ド・レは、その異形の怪物の影で、狂喜に顔を歪めて叫ぶ。


『さあ、我が最高傑作よ! その不浄な技師を、塵も残さず握り潰せ! 貴様の魂も、ジャンヌの欠片として取り込んでくれるわ!』


 巨大な腕――死体の塊が、俺を目掛けて振り下ろされる。  俺は魔導盤の演算を最大まで引き上げ、その「未定義の動作」の予兆を読み取った。


(質量攻撃による物理破壊か。……だが、それだけ複雑な構造を強引に繋ぎ合わせれば、必ずロジックに綻びが出る)


「……いいですよ。その無駄に肥大化したコードの塊、僕がデバッグしてやります」


 俺は護身用の短剣を握り直し、キメラの足元へとあえて踏み込んだ。  地の底から響くような死体たちの呻き。そして、ジル・ド・レの狂った笑い声。  砦の命運を懸けた、この戦場における最大最強の「不具合」との、本当の戦いが幕を開けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る