IT運用監視員の異世界保守日誌 〜月一の帰社日に絶命した俺、現場の知恵で吸血鬼のバグ(権能)を無効化する。エリートお嬢様、その結界は既に穴だらけですよ?〜
第035話:「リソースは有限だ。再利用はやめろ」
第035話:「リソースは有限だ。再利用はやめろ」
「――来たな」
魔導盤(コンソール)の警告音が、鋭く室内に響いた。 モニター上のトラフィック・グラフが、再び異常なスパイク(突出)を描いている。先ほど俺が仕掛けた「帯域制限」という名の防壁を、力任せにブチ破ろうとする巨大な魔力圧だ。
「レイン、また敵の動きが速くなったわ! 結界の強度が……さっきのフィルタリングが効いていないの!?」
「いいえ、想定通りです。こちらの制限を回避するために、敵は命令(パケット)の強度を上げた。……つまり、自分から『太い回線』を繋ぎに来てくれたわけです」
俺は口元を歪ませ、キーを叩く速度を上げた。 普通の魔術師なら、この圧倒的な魔力の奔流に飲み込まれて精神を焼かれるだろう。だが、俺はこれを「攻撃」としては見ていない。ただの「大量のデータ送信」だ。
「お嬢様、今から一時的に結界の『検閲』をオフにします。敵の魔力をわざとノーガードで受け入れる」
「正気なの!? そんなことしたら、砦が……!」
「いいえ。喉元まで食いつかせて、その瞬間に『逆探知(バックトラック)』を仕掛けます。……泥棒を捕まえるには、まず鍵を開けて中に入れなきゃならない」
俺は魔導盤のレバーを最大まで倒した。 瞬間、砦を包む紫色の光が消滅する。 待ち構えていたかのように、ジル・ド・レの狂気に満ちた魔力が、津波となってこちらに流れ込んできた。
(――接続(コネクト)完了。トレース開始!)
俺の意識は、情報の奔流の中へとダイブした。 数万のゾンビを操る複雑怪奇な糸を一本ずつ遡っていく。 視界の端で、ログが目にも留まらぬ速さで流れていく。
[ SYSTEM LOG ]
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Targeting Path: Gilles_de_Rais_Grimoire
Trace Route: Found 127,842 Zombie Processes
Action: Forced Garbage Collection...
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辿り着いた先。そこにあったのは、もはや「魔術」と呼ぶのもおこがましい、バグの掃き溜めだった。
(……なんだ、これは。ひどすぎるな)
俺は、ジル・ド・レが「ジャンヌの再現」と呼んでいたものの正体を、コンソール越しに直視した。 奴は死者の記憶や魂を、無理やりパッチワークのように繋ぎ合わせ、一つの虚像を作り出そうとしていた。だが、ベースとなる設計図(霊基)が壊れているため、どれだけリソースを投入しても、出力されるのは「エラー」という名の肉塊だけだ。
「……リソースは有限なんだ。こんな無意味な再利用(使い回し)はやめろ」
俺の独り言は、逆流させた魔力の波に乗って、ジル・ド・レの魔導書へと直接突き刺さった。
「お嬢様、見えましたよ。奴の『魔導書』の管理アドレスです。伝説だろうが英雄だろうが関係ありません。管理権限のないユーザーが、無理な処理を回してサーバー(世界)を圧迫している。……なら、やることは一つです」
俺は魔導盤の中央にある、赤く点滅する実行キーに指をかけた。 ジル・ド・レの魔導書は、いわば「無限ループから抜け出せなくなった欠陥プログラム」だ。 外部から干渉して止めるのは難しいが、奴自身が繋いできたこの『太い回線』を使えば、こちらから「強制停止命令(パッチ)」を送り込める。
「システム管理者から、不適切なユーザーへ通告。……お前の書いたコードは、一文字残らずゴミ箱(デリート)行きだ」
俺は一気にパッチを流し込んだ。 それは攻撃魔法ではない。ジル・ド・レの魔導書に対して、「お前のやっている処理はすべてエラーである」と認識させるための論理爆弾だ。
直後。 戦場の中央で、狂ったように笑っていたジル・ド・レが、突然自らの魔導書を抱えてのけぞった。
『な……何だ!? 何が起きている! 私の、私のジャンヌが……その姿が崩れていく! 待て、消えるな! まだ生贄が足りないというのか!?』
魔導書から溢れ出していたドス黒い霧が、逆流するように書物の中へと吸い込まれていく。 それと同時に、砦を埋め尽くそうとしていたゾンビたちが、糸が切れた人形のように次々と崩れ落ち、ただの動かない肉塊へと戻っていった。
「……信じられない。あんなにいた軍勢が、一瞬で動かなくなった……?」
アリサが唖然としてモニターを見つめる。 俺は額の汗を拭い、荒い息を整えた。
「奴の『権限』を一時的に凍結(サスペンド)しました。……ですが、まだ根本的な解決には至っていません。奴は今、自分の術が失敗したと思っているでしょうが、すぐに原因を切り分けて再読み込み(リロード)を試みてくるはずです。……完全復旧(フルリカバリ)される前に、物理的にトドメを刺しに行きますよ」
俺は腰の護身用ナイフを抜き、魔導盤から「物理的な追跡モード」へと切り替えた。 画面には、魔力を失ってよろめくジル・ド・レの座標が、ハッキリと赤くマークされていた。 「お嬢様、外に出ます。……現場のエンジニアとして、このバグの根源(ソース)を直接叩き壊してきます」
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