第034話:終わらない増援。戦場のトラフィック過多(DDoS)

砦の防衛ラインは、かつてない危機の淵に立たされていた。


「レイン! 結界の維持率が、さっきから一分ごとに一パーセントずつ低下しているわ! 騎士たちの魔力供給が追いついていない……これじゃ、あと一時間も持たない!」


 通信機から聞こえるアリサの叫びは、戦場の喧騒にかき消されそうなほどに切羽詰まっていた。  俺は魔導盤のモニターに視線を走らせ、砦全体の「リソース消費グラフ」を確認する。  画面上の線は、文字通り垂直に近い角度で跳ね上がっていた。


「……当然の結果です。敵はまともに戦うつもりがありませんから」


 俺の声は、自分でも驚くほど冷徹だった。  モニターが映し出す北壁の外側。そこには、もはや個体の識別すら困難な「肉の泥流」がひしめき合っている。  ジル・ド・レが送り込んでいるゾンビ軍勢は、一体一体が強力なわけではない。だが、それらは「倒されても即座に身体をリロードする」という致命的なバグを抱えたまま、物理的に砦の壁に激突し続けているのだ。


(これは、異世界におけるDDoS攻撃(分散サービス拒否攻撃)だ)


 俺は脳内で、この凄惨な光景を論理的に翻訳する。  DDoS攻撃とは、膨大な数の端末からターゲットに一斉にアクセスを送りつけ、処理能力をパンクさせるサイバー攻撃だ。  今、ジル・ド・レが行っているのは、無数の「死体というパケット」を砦というサーバーに向けて休むことなく叩きつけること。  砦の結界は、激突のたびに「衝突判定」を行い、その衝撃を魔力で中和(処理)しなければならない。  敵が数百万、数千万という単位で「ただぶつかってくる」だけで、こちらの防衛システムはその計算負荷に耐えきれず、自壊(オーバーフロー)してしまうのだ。


「レイン! 伝令より報告! 西側の古森からも、別の軍勢が接近中とのことよ! これ以上の同時攻撃は、もう……!」


「――予測の範囲内です。敵はマルチベクトルでの波状攻撃を仕掛けてきたわけだ。こちらの処理帯域(キャパシティ)を完全に埋めるつもりですね」


 俺は、指先で魔導盤のインターフェースを弾き、いくつかの仮想ウィンドウを空中に固定した。  本来、この状況で最もやってはいけないのは、アリサが今やっているような「全力での正面防御」だ。  攻撃をすべて真面目に受け止めていては、どれだけ魔力があっても足りない。


「お嬢様、命令を変更してください。騎士たちには『完璧に防ぐな』と。壁に接触する寸前に、結界の一部をわざと透過させ、敵の圧力を『逃がす』ように制御させます」


「えっ!? そんなことしたら、砦の中にゾンビが入ってきちゃうわ!」


「すべてを入れるわけではありません。特定のアドレス――いえ、特定の攻撃パターンを持つ個体だけを選択して透過させ、防衛リソースの消費を最小限に抑えるんです。いわば、帯域制限(シェイピング)ですよ」


 俺は魔導盤に構築した即席の「ファイアウォール」の起動コードを入力した。  これまでの解析で、ゾンビ軍勢の接続元(ソース)がジル・ド・レの魔導書にあることは判明している。  ならば、その魔導書から送られてくる「リロード(再読み込み)」の波長をフィルタリングし、一定以上の負荷を遮断してしまえばいい。


「お嬢様、ここからはエンジニアの領分です。……物理的な衝突(トラフィック)が多すぎるなら、こちらで制御(フィルタリング)をかけるまでだ」


 俺は、自分の魔力残量をコンソールに同期させた。  一気に視界が青白く染まり、情報の奔流が脳内へ直接流れ込んでくる。  数万、数十万という死体から放たれる、粘りつくような魔力信号のノイズ。その一つ一つを、俺の意識がプログラム上の「ログ」として処理していく。


(……うるさいな。こんなスパゲッティ・コードの塊を、よくもまあここまで垂れ流せたものだ)


 俺は嫌悪感を覚えながらも、その膨大なノイズの海の中から、敵の「通信プロトコル(命令体系)」の脆弱性を探し出した。  ジル・ド・レの魔導書とゾンビたちを繋ぐ、細く、だが強固な「糸」。  それは、死者を無理やり現世に繋ぎ止めるための、あまりにも醜悪な論理(ロジック)で構築されていた。


「見つけた。……共通ポートはここか」


 俺の指が、魔導盤上の一点を強く叩く。


「システムコール。砦周囲の魔力フィールドを『検閲(インスペクション)』モードへ移行。……不正なリロード・コマンド(再読み込み命令)をすべて検知・破棄(ドロップ)しろ!」


 次の瞬間、砦を覆う半透明の結界が、淡い青色から鋭い紫色の光へと変色した。  壁に激突し、本来なら即座にパーツを繋ぎ合わせて立ち上がるはずだったゾンビたちが、その光に触れた途端に「カクカクとした不自然な動き」を見せ、そのまま地面に伏したまま動かなくなった。


「……えっ? 動きが止まった? 倒した後のゾンビが、消えていく……?」


 アリサの驚愕の声が聞こえる。  当然だ。俺がやったのは、ゾンビたちに届く「リロードしろ」という信号を、結界そのものが遮断・消去するように書き換えたからだ。信号を失った肉体は、もはやただの動かない「死体」というデータに戻るしかない。   「DDoSに対する定石ですよ。……悪意ある通信を入り口(エッジ)で弾けば、中のサーバーは平穏を取り戻す。お嬢様、これで結界の負荷は三割まで下がりました。騎士たちを休ませてください」


 だが、俺の作業はまだ終わらない。  モニターの向こう側、戦場の中央で、ジル・ド・レがその異様な眼をさらに大きく見開き、こちらを睨みつけているのが分かった。


『――何だ……? 私の可愛い人形たちの繋がりが、かき消されていく……? 誰だ……! 誰が私の、私の美しい芸術を邪魔している!』


 男の咆哮が、大気を震わせる。  奴はまだ気づいていない。  俺が今行っている「帯域制限」が、ただの防御ではなく、奴自身の魔導書へと逆流(バックトラック)するための接続(コネクション)を確立するための準備であることに。


「お嬢様、まだ油断しないでください。敵の管理者がパニックを起こして、さらに強引な接続(アクセス)を試みてきます。……ここからは、リソースの奪い合いになりますよ」


 俺は、汗ばんだ額を拭うこともせず、次なる攻撃パッチの構築へと指を動かし続けた。  文字通り「死体」をパケットとして投げつけてくる狂気の元帥。  対するは、それをただの不具合(バグ)として処理する一人のエンジニア。  異世界の戦場は、今や高度な情報処理の衝突現場へと変貌していた。

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