第032話:第五星、ジル・ド・レ。狂気の元帥が求めるリソース

 国境付近の監視映像が映し出す光景は、もはや「戦争」とは呼べないものだった。  画面を埋め尽くしているのは、土気色の肌を剥き出しにした腐敗兵の群れだ。彼らには統制も戦術もない。ただ、前方にいる生者を「獲物」として認識し、物理的な衝突を繰り返すだけの、意思なき肉塊の波。


「……ひどい。あれ、北にある公国の兵士たちじゃない。あんな無惨な姿になっても、まだ動かされているなんて」


 アリサがモニターを直視できず、声を震わせながら顔を背ける。  俺は魔導盤の表示を『広域トポロジ図』に切り替えた。砦を中心とした十字の座標軸が、刻一刻と赤く染まっていく。



########################

[北:攻撃の送信元]

[★]:ゼニス公国

 |

 |[!ALERT!:死霊パケット流入]

 |

[中央:現在地]

[■]:カステル砦(侵食率35%)

 |

 |[防衛ライン後退中]

 ↓

[西:サブノード] =[▼旧運河跡]=[東:ストレージ]

[△]:静寂の古森 =(未到達)=[#]:農地

(召喚陣・裏ルート) (スタック誘発) (リソース源)

|       |       |

+-------+-------+

        |

        ↓

     [南:目的地(DEST)]

     [●]:宿場町・城下町

########################



「お嬢様、感情を横に置いてよく見てください。あの死体軍勢、個々の個体データが異常なほど軽量化(ダイエット)されています。」

「本来、複雑な生物を動かすには膨大な演算能力が必要なはずだ。だが奴らは「知能」や「痛覚」といった不要なステータスをすべて削ぎ落とし、単なる「前進」と「殺害」という原始的なコマンドだけで動いている。だからこそ、これほど膨大な物量を同時に並列処理できるんだ」


 この軍勢を制御している何者かは、魔力の消費を極限まで節約しつつ、それを「数」という名の暴力に全振りしている。  俺はさらにコンソールの深度を上げ、周囲の状況をスキャンした。


(北の公国側からは絶え間なく新規のオブジェクトが流入している。……だが問題は西側だ。あの「静寂の古森」には数百年分の古い死体が埋まっていたはずだが、現在その魔力反応はゼロ。つまり、ジル・ド・レは新しい死体だけでなく、過去に蓄積された古いリソースまで根こそぎサルベージして、軍勢の足しにしている。……徹底したスクラップ・アンド・ビルドだな)


 その時、モニターの中央が揺らぎ、一体の「個体」がクローズアップされた。  戦場の中央に、真っ赤なマントを羽織った男が立っていた。  ぎょろりと飛び出した巨大な眼球。その奥には狂気と悦楽が混ざり合い、手には「星」の刻印が刻まれた、脈動する異形の魔導書を携えている。


俺が視線を固定した瞬間、魔導盤(コンソール)の四隅から緑色のグリッド線が走り、その男の頭上に冷徹な文字列を浮き上がらせた。


[ SYSTEM LOG ]

----------------------------------------

Target ID: The Seven Stars - Gilles de Rais(第五星:ジル・ド・レ)

Current Status: Resource Harvesting / Illegal Build...

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『――ああ、足りない。まだ足りないぞ。もっと多くの命を、もっと新鮮な犠牲を私に捧げよ!』


 男の咆哮と共に、足元の泥から無数の腕が這い出してくる。


『我が生涯の光、ジャンヌ……。彼女の姿をこの世に呼び戻すには、並の死肉では話にならんのだ! 聖女の奇跡を再現するための、高純度な魂を持ってこい!』


 男が魔導書を掲げると、周囲に転がっていた騎士たちの遺体が、目に見えるほどの魔力の奔流となって吸い込まれていった。


「……あれが、『セブンスターズ』の第五星、ジル・ド・レですか」


 俺は魔導盤に表示された個体識別情報を読み取る。 (奴がやっていることは、もはや魔術の範疇を超えた「データの違法なサルベージ」だ。世界中から死体のリソースをかき集め、かつて失った「特定のデータ」を無理やり再構築しようとしている)


「レイン、あの男……この砦に向かってくるわ。私たちが蓄えている魔力や、騎士たちの命を、全部自分の『儀式の生贄』にするつもりなんだわ!」


「ええ。奴にとっては、この砦は極上の素材が集まる貯蔵庫(サーバー)にしか見えていないんでしょう。方位を確認してください。北からは公国の成れの果て、西からは古森の亡者ども。挟み撃ちの形で、この砦を物理的な負荷(オーバーロード)で潰しに来ています」


 俺は冷徹に、奴が抱える「魔導書」の術式パターンを解析し、逆算を開始した。 (失われたデータを無理やりパッチワークで繋ぎ合わせても、それはただの劣化したコピー……いや、ただのバグの塊だ。それを「蘇生」と呼ぶのは、エンジニアとして見過ごせない)


 ジル・ド・レ。狂気の元帥。  奴は死者を愛しているのではない。死体というリソースを使って、自分の妄想を無理やり出力(プリントアウト)したいだけの、我儘なユーザーだ。


「お嬢様、迎撃準備を。……あんな乱暴な魔力の使い方は、見ていて反吐が出ます。システム管理者の名において、奴のメモリを強制解放してやりましょう。……幸い、あいつの書いているコードは、デバッグのし甲斐がありそうなスパゲッティ状態ですからね」


 俺の指先が、戦闘用サブシステムの展開キーを叩く。  モニターの中で、ジル・ド・レの狂気に満ちた眼が、監視カメラ越しにこちらを捉えたような気がした。

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