IT運用監視員の異世界保守日誌 〜月一の帰社日に絶命した俺、現場の知恵で吸血鬼のバグ(権能)を無効化する。エリートお嬢様、その結界は既に穴だらけですよ?〜
第023話:呂后降臨。いたぶりを愛する女帝の微笑
第023話:呂后降臨。いたぶりを愛する女帝の微笑
「……なっ、魔導盤(コンソール)から声が……!?」
アリサが驚愕し、俺の肩を掴む手に力がこもる。 画面はすでに制御不能(フリーズ)に陥っていた。俺が苦労して構築したパッチの配信状況(進捗バー)が、真っ赤なノイズに侵食され、一気に押し戻されていく。
『Unauthorized_Access_Override』 (警告:権限の強制上書きを確認)
大書庫の空気が一変した。 本棚の隙間から、実体を持たないはずの「黒い霧」が溢れ出し、それが一箇所に集まって人の形を成していく。
「おだまりなさい、小娘。……私は今、この面白い『職人さん』と話をしているのよ」
霧の中から現れたのは、東方の女帝、呂后その人だった。 前回のような遠隔投影(プロジェクション)ではない。魔導盤の通信路を逆流し、強引に自らの意識をこの場に「接続」させて実体化した、より濃密な殺気の塊だ。
「……呂后」
俺は椅子を蹴って立ち上がり、魔導盤を守るように立ち塞がった。 目の前の女は、絶世の美女と呼ぶにふさわしい容姿をしながら、その瞳には一切の人間性が欠落している。ただ、他者を壊し、変形させることへの純粋な愉悦だけがギラギラと輝いていた。
「私の可愛い『人豚』たちを、元のつまらない姿に戻そうとするなんて。……野暮なことをする男ね。あの子たちの悲鳴を聞かなかったの? あんなに美しく、絶望に震えて鳴いていたのに」
呂后は扇子で口元を隠し、クスクスと喉を鳴らして笑う。 アリサが激昂し、杖を突き出した。
「ふざけないで! 彼らは私の大切な騎士たちよ! あなたの歪んだ遊び道具じゃない!」
「遊び? 失礼ね。私はただ、無秩序な『人間』という存在に、ふさわしい形を与えてあげているだけ。……壊れ、歪み、鳴き叫びながら、私の庭を彩る肉塊になる。……これ以上の救いがあるかしら?」
呂后が指を動かすと、大書庫の扉の向こう――広場にいる人豚たちの咆哮が、壁を透過して響いてきた。 パッチが遮断されたことで、変異のスピードが再加速しているのだ。
「……救い、ですか。あんたの言う救いは、エンジニアの視点から見ればただの『データ
俺は冷徹に言い放ち、背後で隠れて動かしている予備のコンソールに指を這わせた。
「せっかく正常に動作していたシステム(人間)に、わざと脆弱性を見つけて、悪質なコードを流し込む。……あんたがやっているのは芸術なんかじゃない。ただの低俗な嫌がらせだ」
「あら……。私をそこまで侮辱するのかしら?」
呂后の微笑みが、一瞬で凍りつくような冷笑へと変わる。 彼女の周囲で、空間そのものが軋み始めた。大書庫の棚から本が飛び出し、紙吹雪のように舞い上がる。その一枚一枚が、鋭利な刃物となって俺たちを包囲した。
「いいわ。ならば、あなた自身で味わってみなさい。……あなたのその頑丈そうな肉体が、私の指先一つで、どこまで醜く、どこまで汚く『崩壊』していけるか……」
呂后が細い指を俺の胸元に突き出した。 それは物理的な攻撃ではない。 俺の存在定義そのものを、根底から破壊しようとする「管理者命令(特権実行)」の直撃だった。
「じっくり、ゆっくりと、いたぶってあげる……。一秒ごとに指が一本ずつ消えていく感覚を、楽しみなさい?」
俺の視界が、真っ赤な警告ログで埋め尽くされる。 だが、俺の口角は、わずかに上がっていた。
「……『いたぶる』? 悪いですが、それ、仕事として非効率すぎませんか?」
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