IT運用監視員の異世界保守日誌 〜月一の帰社日に絶命した俺、現場の知恵で吸血鬼のバグ(権能)を無効化する。エリートお嬢様、その結界は既に穴だらけですよ?〜
第021話:魔法(ヒール)が効かない理由。セクタが壊れている
第021話:魔法(ヒール)が効かない理由。セクタが壊れている
「……くっ、お願い、反応して……! 聖なる光よ、彼らを繋ぎ止めて!」
大書庫の防壁の内側。アリサが、逃げ込んできた重傷の騎士に必死に杖を向けていた。 だが、放たれる治癒の光は、騎士の身体を透過するように虚空へ消えていく。それどころか、光が触れた箇所の皮膚が、まるでノイズの混じった映像のようにガタガタと震え、崩壊を早めていた。
「どうして……。私の魔力は十分に注いでいるはずなのに、魔法がちっとも馴染まないなんて……っ!」
「お嬢様、もうやめてください。……無駄です」
俺は魔導盤(コンソール)の画面から目を離さずに言った。 画面には、大書庫に避難した騎士たちの「個体データ」が列挙されているが、その多くに不吉なアイコンが点灯している。
『Error: Bad Sector Detected』
『Warning: Critical File System Error』
「無駄なんて言わないで! 彼らはまだ、人間としてそこにいるのよ! なのに、どうして私の魔法が弾かれてしまうの!?」
「拒絶されているんじゃありません。……書き込むべき『場所』が、物理的に消滅しているんです」
「場所……?」
「いいですか、お嬢様。……魔法というプログラムを動かすには、その土台となる『肉体(セクタ)』が正常なフォーマットで存在していなきゃいけない。……でも、今の彼らは呂后の攻撃によって、データの保存領域(細胞の定義)そのものを、物理的に破壊されている」
俺は魔導盤を操作し、騎士の腕の構造図をホログラムで投影した。 本来なら美しく整列しているはずの魔力回路が、まるで熱で溶けた精密基板のようにぐちゃぐちゃに歪んでいる。
「これを見てください。……本来『腕』として認識されるべき領域が、今は『ただのノイズの塊』として定義されている。……HDDのセクタが物理的に死んでいる(物理故障している)状態のハードウェアに、いくら最新のOS(回復魔法)をインストールしようとしても、エラーで弾かれるのは当然でしょう。魔法がアタッチ(接続)できないのは、接続先自体が消滅しているからです」
「……それじゃあ、彼らはもう、一生治らないというの?」
アリサの声が絶望に震える。 治癒魔法は、あくまで「あるべき形」に戻す力だ。「あるべき場所」そのものが消滅してしまえば、魔法は標的(ターゲット)を見失う。
「……今の彼らは、システム上では『存在しない空領域』扱いになっています。……このまま放置すれば、肉体は崩壊を続け、最後には人豚という名の『ゴミデータ』として再起動される」
俺は、キーを叩く指をさらに速めた。 呂后のやり方は徹底している。 単に上書きするのではなく、元のデータを徹底的に破壊してから、自分の都合の良いパーツを埋め込んでいるのだ。
「……まともな手段(仕様通りの魔法)じゃ、もう救えません。……なら、やることは一つだ」
「レイン、何か策があるの?」
「ええ。……ファイルシステムが壊れているなら、修復(スキャンディスク)なんて生ぬるいことはしません。……汚染された領域を切り離して、強制的に『仮想化(バーチャル)』した予備の肉体定義を被せる」
俺は腰のポーチから、まだ実験段階だった高純度の魔晶石を取り出し、魔導盤の拡張スロットへ乱暴に差し込んだ。
「……ここからは俺の『残業時間』です。……お嬢様、悪いですが、あんたの魔力(リソース)を全額、俺に前借りさせてください」
「ええ……! 好きなだけ使いなさい!」
アリサが叫ぶと同時に、俺の視界にあるデバッグコンソールが、黄金色の輝きを放ちながら膨大な計算を開始した。 壊れたセクタ(肉体)を無視して、論理階層だけで肉体を維持する。……前代未聞の「応急パッチ」の作成が始まった。
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