「ギャアアアアアアッ！　ブヒッ、ブ、ブモォォ……ッ！！」

　かつて誇り高き騎士だった者たちが、広場で次々と「それ」に成り果てていく。 　肉が膨張し、皮膚が赤黒く変色し、知性の光が瞳から消え失せる。その光景は、もはや医学や魔法の範疇を超えていた。

「ひどい……。こんなの、あまりにむごすぎるわ……！」

　アリサは口元を抑え、膝を震わせている。 　彼女の目の前で、忠誠を誓っていた騎士たちが、物理的な法則を無視して家畜へと「崩壊」していく。

「お嬢様、目を逸らさないでください。……これは残酷ショーじゃない。ただの『データクラッシュ』です」

　俺は魔導盤（コンソール）の前に立ち、複数のウィンドウを高速で切り替えていた。 　画面には、変異した騎士たちの魔力構造が、ノイズだらけのバイナリコードとして流れている。

『Critical Error: Memory_Corruption_at_Physical_Layer』

『Process_ID: Human_Identity_0422 [Interrupted]』

『Overwrite_Command: "MAN-PIG_OBJECT" [Executing...]』

「データ、クラッシュ……？」

「ええ。呂后の呪いの正体は、対象の情報を無理やり上書きするだけじゃない。元の『人間』としての情報を、わざと中途半端に壊し（クラッシュさせ）、その余ったメモリ領域（肉体）に『家畜』の性質を無理やり詰め込んでいる。……その結果が、あの歪な姿、人豚です」

　ただの変身魔法なら、まだマシだった。 　呂后がやっているのは、対象を一度「ゴミデータ」に変え、その残骸を弄んで悦に浸るという、極めて悪趣味なシステム破壊だった。

「見てください。この『人豚』というオブジェクト……。論理構造がめちゃくちゃだ。腕があるべき場所に蹄があり、胃袋が四つに増設されているのに、心臓への魔力供給ラインが断絶している」

「そ、そんな状態で、どうして生きていられるの……？」

「生きていません。……ただ『動かされている』だけだ。壊れたファイル（死体）が、エラーを吐き出しながら無理やり実行され続けているゾンビ状態……。まさに、最悪のバグの塊ですよ」

　俺は、変異した騎士の一人が発した「悲鳴」のログを解析した。 　それは苦痛の叫びではなく、システムが異常終了できずに上げている『例外エラー』の物理的な音だった。

「お嬢様、急いで。避難を！　この『汚染されたプロセス』は、近くにある正常なデータにも干渉（干渉）を始めます。……つまり、人豚が近くにいるだけで、周囲の人間も連鎖的にクラッシュし始める」

「感染……。魔法の呪いが、そんな病気みたいに広がるなんて！」

「これは病気じゃない。『バッファオーバーフロー』の連鎖です。……溢れ出した悪意ある命令（コード）が、隣の騎士の定義域を侵食している。……今すぐ隔離しないと、砦全体が家畜のゴミ捨て場に変わりますよ」

　アリサを促し、生き残った者たちを大書庫へと押し込む。 　大書庫の防壁は、一族の血統によって「読み取り専用（リードオンリー）」に保護されている。ここなら、外部からの書き換え命令もある程度は防げるはずだ。

　重い扉が閉まる直前、俺は広場を振り返った。 　そこには、数百の「人豚」たちが、ガタガタとノイズ混じりの動きでこちらを見つめていた。

（……呂后。あんた、自分の『特権権限（Admin）』をいいことに、やりたい放題だな）

　俺は、魔導盤に一本の外部メモリ（魔晶石）を叩き込んだ。 　敵が管理者権限で壊しに来るなら、こちらは現場の知恵で「非正規のパッチ」を当てるまでだ。

「……さて。月曜の残業代、たっぷり請求させてもらいますよ」

　俺の指先が、反撃のためのコードを刻み始めた。