第015話:【活動報告】システムの初期化が完了しました

 契約締結から数日。  砦の空気は劇的に変わった。


「カイルさん、北西の第三監視塔の魔力残量が0.2%低下しています。ネズミが回路をかじったか、接点の経年劣化です。至急、確認と清掃を」


「了解した、レイン殿!……おい、お前たち聞いたか!第三監視塔だ、急げ!」


 かつては「なんとなく」で運用されていた砦の警備が、今は俺の魔導盤(コンソール)を通じて、一元管理されている。


 カイルたち騎士団も、最初は「魔法使いでもない男の指図など」と反発していたが、俺が指摘した場所から必ず「故障」や「侵入の予兆」が見つかるため、今では俺を『砦の心臓』として扱うようになった。


「……ふむ。インフラの最低限の整備(クレンジング)は終わったな」


 俺は執務室に設置された、特製の「監視用魔導水晶(マルチモニタ)」を眺めながら、アリサに手配してもらった「苦い豆の飲み物」を啜る。

 コーヒーには程遠いが、カフェインに近い成分が含まれているのか、重い頭を無理やり覚醒させてくれる。


「レイン、少しは休んだら? 契約に『休日』を盛り込んだのはあなたでしょう?」


 アリサが呆れたように、書類の山から顔を上げた。彼女もまた、俺が作成した「効率的な術式詠唱のためのマニュアル」の検証に追われている。


「お嬢様、運用保守に『完成』はありません。あるのは『安定』だけです。……まあ、ひとまずの初期化(リブート)は完了しましたよ」


 俺が水晶板を叩くと、砦全体を包む「銀の結界」が、均一な波形を描いて安定し始めた。  ジャック・ザ・リッパーがこじ開けた穴はすべて塞ぎ、呂后の毒が混じったコードはすべて無害なものに置き換えた。


「……信じられない。あんなに穴だらけだった結界が、以前より少ない魔力で、より強固に輝いているわ」


「余計な装飾(デコレーション)を削って、本来の仕様(設計)に戻しただけです。お嬢様、あなたの設計図は悪くなかった。ただ、それを守る現場がズタズタだっただけだ」


 俺がそう言うと、アリサは少しだけ誇らしげに、照れくさそうに微笑んだ。


「……そう。なら、設計者(わたし)として、これからもあなたの無茶な注文に付き合ってあげるわ」


 平和な昼下がり。  だが、俺のモニタの端には、不吉なノイズが走っていた。  東の地平線。そこから、砦に向かって「理(ことわり)を歪める」ほどの巨大な魔力の塊がゆっくりと近づいている。


「第六星、呂后。……次がいよいよ、本番(リリース)ですね」


 俺は飲み干したカップを置き、再びキーボード……魔導盤へと指をかけた。  ブラック企業の現場で培った「不眠不休の事後対応能力」が、この世界の理をどこまで書き換えられるか。  エンジニアの本当の戦いは、ここから始まる。

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