IT運用監視員の異世界保守日誌 〜月一の帰社日に絶命した俺、現場の知恵で吸血鬼のバグ(権能)を無効化する。エリートお嬢様、その結界は既に穴だらけですよ?〜
第012話:強制終了(タスクキル)。最初のデバッグ完了
第012話:強制終了(タスクキル)。最初のデバッグ完了
「あら……。私の『人豚の呪い』に即座に反応するなんて。その魔導盤を操る指、一本ずつ削いで、私のコレクションに加えたくなってしまったわ」
砦の防壁に直接、不浄な術を流し込む呂后(りょこう)。 その背後、霧の深淵では、先ほど俺に「存在を弾かれた」ジャック・ザ・リッパーが、再侵入の機会を伺い、ノイズのように揺らめいている。
(クソッ……。ジャックだけでも手一杯なのに、さらに上位の『第6星』まで同時に相手にするのは、完全にリソース不足だ……!)
俺の指は魔導盤(コンソール)の上を火が出るような速度で走る。 呂后が仕掛けてくる術式の改ざん(インジェクション)を、片端から「無害化」し、正常な術式へ書き戻していく。
「レイン、防壁が……! 侵食を止めきれないわ!」
アリサが必死に叫ぶ。呂后はその声を聞き逃さなかった。
「……ふうん。『レイン』。そう呼ぶのね、その薄汚れた男のことを」
呂后の冷ややかな視線が俺を射抜く。だが、俺にそれを気にする余裕はない。
「お嬢様、落ち着いてください。……一度に二人は無理ですが、一人ずつなら対処できます。……まずは、しつこい霧の殺人鬼からだ」
俺は呂后への防御を最低限の「自動応答」に任せ、全演算能力をジャックの再侵入(ログイン)阻止に集中させた。
「ジャック! 今あんたが開けようとしている裏口は、俺が用意した『蜜の壺(ハニーポット)』だ。……そのまま奥まで入ってこい!」
霧が、砦の最深部にある「ダミーの術式」へと吸い込まれていく。 ジャックが侵入に成功したと確信した瞬間、俺は魔導盤の水晶を強く叩いた。
「……位置を固定しました。お嬢様、今です! 奴のいる空間に、ありったけの魔力を叩き込んでください!」
「ええ……! 我が血に眠る銀の理よ、不浄なる影を射貫け!」
アリサが杖を掲げると、純白の閃光が「囮」に捕らわれたジャックを直撃した。 本来なら霧となって逃げるはずの殺人鬼だが、俺が座標を「ロック」しているため、逃げることも消えることもできない。
「ア、ガ……アアアアアアアアッ!!」
断末魔の叫びとともに、ジャックの身体がボロボロと消滅していく。 再生を司る根幹の命令(コード)ごと「強制終了」された殺人鬼は、塵一つ残さず、この世界から消去(デリート)された。
「……ふふ、あの子、本当に消されてしまったのね。詰めが甘いのよ、若いから」
呂后は扇で口元を隠し、冷たく笑う。 ジャックが消えたことで、砦を包んでいた濃霧が少しだけ晴れた。
「……さあ、次はあんたの番ですよ。第六星」
「いいえ、今日はここまでよ。お前の『手際』……十分に楽しませてもらったわ。本格的な『損壊』は、また今度にしてあげる」
呂后が指を鳴らすと、彼女が引き連れていた異形の者たちが、闇の中へと溶けるように消えていく。 彼女は去り際、俺を射抜くような視線でこう告げた。
「レインと言ったかしら。せいぜい今のうちに、その脆弱な砦を補強しておくことね。次に私が来る時は……もっと『中から』壊してあげるから」
……敵の気配が、完全に消えた。
「……勝ったの? 私たち、本当に……」
アリサが震える声で呟く。
俺は魔導盤を閉じ、そのままズルズルと床に座り込んだ。
「……勝ったんじゃない。……あっちが『これ以上は割に合わない』と判断して、引き揚げただけです」
極限の集中から解放され、鉛のような疲労が全身を支配する。
「お嬢様……。とりあえず、当面の不具合(バグ)は取り除きました。……俺、もう一歩も動けません……」
俺はそのまま、砦の冷たい石畳の上で、深い眠りへと落ちていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます