第011話:第二次防衛戦。ログインを拒否された吸血鬼

 深夜。砦の地下通路から、不気味な足音が響き始めた。  カチ、カチ、と小刻みに鳴る乾燥した音。それは意志を持たず、ただ主の命令に従って動く「下級眷属」たちが、先代の遺産から漏れ出た情報を信じて「無防備な裏口」へと殺到している音だった。


「レイン! 地下から凄まじい数の気配が上がってくるわ! 本当に大丈夫なの!?」


 アリサが魔導盤(コンソール)の横で、震える手で杖を握りしめる。彼女の目には、暗闇から這い出す死人の群れが、自分の家を飲み込もうとしている絶望的な光景に映っているはずだ。


「予定通りです、お嬢様。……奴ら、一点の迷いもなく、俺がわざと隙を作っておいた通路に吸い込まれていってますよ」


 俺は冷徹に、水晶板に映る魔力の反応を追う。画面内では、侵入者の群れがハニーポットの最深部――行き止まりの「高負荷エリア」へと密集していく様子が、光の粒となって映し出されていた。


「カイルさん、準備は?」


「いつでもいける。だが、この数は尋常ではないぞ……! まともにぶつかれば、こちらの騎士たちが持たん!」

 カイルが大剣を構え、地下への階段の前で汗を流す。


「いいえ、カイルさんはまだそこで待機を。……まずは仕掛けておいた自動の罠で片付けます。……すべての魔力を、罠の内側に固定(ロック)。……よし、今だ」


 俺がコンソールの特定の魔石を叩いた瞬間、地下通路の壁一面に刻まれた術式が、不気味な紫電を放ち始めた。


「ギャアアアアアッ!?」


 地下から、生物のものとは思えない絶叫が響き渡る。  通路全体を「魔力の逃げ場がない閉回路」へと書き換えた俺の術式が、侵入者たちの魔力を逆流させ、内部から焼き尽くしていく。


「な、何が起きたの……? あなた、指を動かしただけなのに、敵が勝手に崩壊していくわ」


「何もしていないわけじゃありません。奴らが『通れる』と思い込んで流し込んだ魔力を、そのまま攻撃に転換しただけです。……いわゆる、アクセス拒否(キック)ですよ」


 次々と魔力の反応が消え、地下に静寂が戻る。  だが、その安堵を切り裂くように、今までとは比較にならない「粘りつくような」不快な魔力が砦全体を包み込んだ。


「……チッ。下級の群れは、俺の防壁の強度を測るための『テストデータ』か。本命が来ますよ」


 砦の正面、重い扉の向こう側から、女性の艶然えんぜんとした、しかし凍りつくような笑い声が響く。


「あら……。ジャックを退けたというから、どんな剛の者がいるかと思えば。ずいぶんと『お行儀のいい』結界を張ったものね」


 霧の中から現れたのは、絢爛豪華けんらんごうかな、しかし血の汚れが染み付いた古装をまとった美女だった。その背後には、異形に改造され、接合された肉塊のような中級眷属たちが引き連れられている。


「……ジャックがこの場所に触れることすらできずに、闇の底で呻いている理由が分かったわ。あなたが、この砦の『理(ことわり)』をすべて、自分勝手に書き換えてしまったのね?」


「……あいつの再侵入は、今俺が張っている防壁で弾き続けています。……ですが、あんたはジャックとは『攻め筋』が違うようだ」


 俺のコンソールに、見たこともない警告が躍る。


『Target: The Seven Stars - Lu Zhi(七星:呂后)』


「……第六星、呂后。あの女、ただの力押しじゃない。こちらの術式を内側から作り変えて、味方同士を食い合わせるスペシャリストだ」


 相手は既存の命令(コード)を書き換え、正常な動作を「毒」に変える。……いわゆる、インジェクション攻撃の体現者。


 俺は冷や汗を拭い、コンソールの防御膜を二重に展開した。  ここからは、力ではなく「論理」の削り合いになる。

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