第010話:一夜漬けの要塞化。ファイアウォール構築作戦

「この砦を、根幹から作り替える? そんなこと、一晩でできるわけないじゃない!」


 アリサが声を荒らげるのも無理はない。本来、砦の術式を変更するには、高名な魔導士が数ヶ月かけて魔法陣を描き直す必要があるからだ。


「お嬢様、俺がやるのは石壁を積み直すような物理的な工事じゃありません。論理的な構造変更……つまり、この砦を通る魔力の『通り道』を整理するだけです」


 俺は地下書庫から回収した黒い水晶を手に、魔導盤(コンソール)の前に戻った。


「敵はすでに、この砦の地下通路が『空いている』ことを知っています。なら、無理に塞ぐ必要はありません。むしろ、そこだけを『開けっ放し』にしておきます」


「……正気なの? 敵を招き入れるというのか!」

 カイルが驚愕して叫ぶ。


「ただの開けっ放しじゃありません。俺が仕掛けるのは

『ハニーポット(蜜の壺)』……いわゆる、美味しい囮です」


 俺は魔導盤を叩き、地下通路へ繋がる術式のコードを書き換えていく。


「例えば、お嬢様。ホームページのお問い合わせフォーム……あぁ、いえ、役所なんかに置いてある『問い合わせ書類』を想像してください。その書類の中に、一般の人には見えないけれど、情報を盗もうとする者にだけ見える『隠し項目』をこっそり作っておくんです。何も知らない人はそこを飛ばしますが、悪意を持って自動で情報を集める機械(スクリプト)は、律儀にそこを埋めてしまいます。その瞬間に、そいつを『敵』だと特定して排除する……。そういう仕組みです」


「……つまり、わざと隙を見せて、そこに食いついた奴を仕留めるということか?」  カイルがようやく得心がいったように頷く。


「その通りです。地下通路をあえて『無防備』に見せかけます。ただし、そこを通るには、俺が設定した特定の順序で魔力を流さなきゃならない。その手順を間違えた瞬間に、地下通路全体を『高電圧エリア』に変えて、侵入者を一網打尽にします」


 俺の視界の中で、砦全体の魔力回路が青から赤へと塗り替えられていく。今までぐちゃぐちゃだった配線が、俺の「フィルタ(防壁)」を通るように一本化されていく。


「……よし、これで砦全体のファイアウォール(防壁)の構築、完了です。今まで誰でも通れた『開かれた門』は、これからは俺の許可……アクセス権がないと通れません」


「レイン、あなたの後ろ姿……。まるで、千の軍勢を一人で指揮している軍師のようね」

 アリサがため息混じりに呟いた。


「いいえ、ただの運用担当ですよ。……さあ、吸血鬼の皆さん。どうぞ、一番『脆弱(ぜいじゃく)』に見える地下通路からお入りください。そこには特大の『毒入りの蜜』を用意してありますから」


 窓の外、夜の帳が降りる。  霧の向こうから、昨夜よりも遥かに巨大な、禍々しい魔力の気配が近づいてくるのが分かった。


「……来たな。障害対応(防衛戦)の始まりだ」

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