IT運用監視員の異世界保守日誌 〜月一の帰社日に絶命した俺、現場の知恵で吸血鬼のバグ(権能)を無効化する。エリートお嬢様、その結界は既に穴だらけですよ?〜
第009話:デバッグ開始。強制終了という名の救済
第009話:デバッグ開始。強制終了という名の救済
「……父様の遺産が、そんな『悪意ある呪い』に侵されていたなんて」
アリサが震える声で呟く。
「母様も早くに亡くして、私はこの砦に遺された父様の術式だけを信じて守ってきたのに……」
その言葉に、俺は無機質な視線をスパイ人形に向けたまま答えた。
「お嬢様、信じるのは勝手ですが、検証(テスト)されていないシステム……伝統は嘘をつきます。この人形、先代が亡くなった直後から、吸血鬼側に乗っ取られていますよ」
スパイ人形――かつては精巧な装飾が施されていたであろうそれは、今や全身を黒い血管のような魔力の糸に侵食されていた。それがカチカチと音を立てて腕を振り上げる。
「排除……開始。……砦の防衛キー、読み取り中……」
「させんッ!」
カイルが大剣を構え、人形の腕を弾き飛ばす。だが、斬られた先から黒い霧が噴き出し、瞬時に断面を接合していく。
「カイルさん、物理攻撃は無駄です! それは本体じゃなくて、ただの『端末』だ。中にある水晶……あいつの核(コア)を止めない限り、何度でも再起動してきます!」
「言っている意味は分からんが、その水晶を砕けばいいのだな!?」
「待ってください、砕いたら中の『汚染された魔力』が周囲に飛び散る! つまり、お嬢様やカイルさんが感染するリスクがある。……俺が直接、強制終了させます」
俺は作業ポーチから、細い銀の針を取り出した。 研究室にあった縫い針に、昨夜解析した「停止のコード」を魔力で薄くエンコード(転写)したものだ。
「カイルさん、3秒だけ動きを止めてください!」
「無茶を言うな! ……だが、承知したぁッ!」
カイルが咆哮し、大剣を地面に突き立てて「不動の型」をとる。スパイ人形の猛攻をその身で受け止め、文字通り肉壁となって隙を作った。
「3……2……1……。ログイン成功!」
俺は人形の懐に飛び込み、その首筋にある「魔力供給のバイパス」へ銀針を刺し込んだ。 脳内のコンソールに、最優先のシステムコマンドを叩き込む。
Execute: Task kill /F /IM Spy_Doll.exe
俺の指先から、冷徹な「強制終了命令」が流れ込む。 人形の動きがピタリと止まった。瞳に灯っていた不気味な赤い光が、明滅を繰り返した後にスッと消える。
「……プロセス、終了。……お疲れ様でした」
ガシャリ、と音を立てて人形が膝をつく。 黒いノイズが霧散し、部屋に静寂が戻った。人形の胸元から、真っ黒に汚れきった水晶がポロリと転げ落ちる。
「……終わったの?」 アリサが恐る恐る近づいてくる。
「ええ。とりあえず、外部への情報漏洩……お嬢様の家の秘密が外に漏れるのは止めました。ですが、これを見てください」
俺は床に落ちた黒い水晶を指差した。
「この人形が送っていたログによれば、吸血鬼側はすでにこの砦の『地下通路の構造』を把握しています。昨夜のジャックはただの偵察で、本番の侵攻はこれからだということです」
「……なんですって?」
「お嬢様。……ここからは保守運用じゃ済みませんよ。『砦の全面的な作り替え』が必要です。それも、今夜中に」
俺は砕け散った銀針を捨て、次の「作業工程」を頭の中で組み立て始めた。
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