IT運用監視員の異世界保守日誌 〜月一の帰社日に絶命した俺、現場の知恵で吸血鬼のバグ(権能)を無効化する。エリートお嬢様、その結界は既に穴だらけですよ?〜
第006話:まずは「棚卸し」から始めましょう
第006話:まずは「棚卸し」から始めましょう
契約成立の翌朝。 俺に与えられた「オフィス」は、砦の一等地に位置する魔導研究室だった。
「……なんだ、この配線の汚さは」
俺は部屋の中央に鎮座する、砦全体の防衛システムを制御する巨大な「魔導盤(マギ・コンソール)」を見て絶句した。 水晶や魔石が複雑に組み合わされているが、その間を繋ぐ魔力回路が、まるで絡まったLANケーブルのようにぐちゃぐちゃにのたうち回っている。
「どうしたの? この砦でも最高級の設備を用意させたのだけれど」
アリサが不思議そうに部屋に入ってくる。
「契約の席でカイルさんから聞いたが、この砦の先代……お嬢様の父親は、数年前に亡くなっているそうですね。その後を継いで、このスパゲッティ状態の維持管理を一人で?」
「お嬢様。インフラ運用において、物理的な整理整頓は基本中の基本です。……どこに何が繋がっているか分からない状態で、どうやって原因の特定(切り分け)をしろって言うんですか。これじゃあ、不具合が起きてからでは遅いんですよ」
「失礼ね! これは代々の宮廷魔導士たちが、その時々の最善を尽くして継ぎ足してきた、由緒正しき魔導盤なのよ!」
「それを『不適切なパッチ(応急処置)を当て続けて、誰も全貌が解らなくなったゴミの山』って言うんです。現場の苦労も考えずに、上から適当なオーダーばかり通してきた証拠ですよ」
俺は深く、深いため息をついた。 仕様書なし。資産管理台帳なし。あるのは現場の「秘伝のタレ(口伝)」だけ。 前世の『
「……分かりました。まずは、この砦全体の魔法回路の棚卸し(資産管理)から始めます。お嬢様、この砦にあるすべての魔導具のリストを出してください」
「り、りすと? そんなもの、いちいち記録していないわよ! 必要なものは、その都度魔法で呼び出せばいいじゃない!」
「……だろうと思いましたよ」
俺はコンソールの水晶に手をかざした。 視界に流れるのは、この砦の隅々を流れる膨大な魔力トラフィック。 画面(コンソール)を走るログを眺めながら、俺はふと気になっていたことを口にした。
「ところで、昨夜の『ジャック』とかいう奴についてですが……。あいつ、消え際に『本体』がどうとか言ってましたよね。吸血鬼っていうのは、あんなのがゴロゴロいるんですか?」
その言葉に、部屋の隅で控えていたカイルが、苦虫を噛み潰したような顔で口を開いた。
「レイン、貴殿は本当に何も知らんのだな……。ジャック・ザ・リッパーといえば、この大陸を恐怖に陥れる『七星(セブンスターズ)』の一角だぞ。七人いるとされる、真祖直系の吸血鬼だ。奴ら一人で、一つの国を滅ぼすなど容易い」
「国を、ですか。昨夜の戦いを見る限り、あいつ一人で何万もの兵を斬り殺せるとは思えませんでしたが」
「……吸血鬼の真の恐ろしさは、剣技や魔力ではない」
カイルは重々しく、自身の腕をさすりながら続けた。
「奴らに血を吸われた人間は、意識を奪われ、主人の命令に絶対服従する『下級眷属(ゾンビ)』へと成り果てる。しかもそれは、瞬く間に感染(パンデミック)するのだ。かつて隣国が滅んだ時は、一人の吸血鬼に噛まれた門番が、その夜のうちに同僚の騎士たちを噛み、夜明け前には城内の全員が吸血鬼の兵隊へと入れ替わっていたという」
「……なるほど。それは吸血という名の『ワーム型ウイルス』ですね」
「わーむ……?」
「一箇所でもセキュリティを突破されれば、そこを起点に内部からシステム権限を乗っ取られ、味方のリソース(兵力)がすべて敵に回る。……おまけに、増殖速度も異常に速い。確かに、アンチウイルスソフトもないこの世界じゃ、最強の攻撃手段だ」
俺の言葉に、アリサが顔を曇らせる。
「ええ。もし昨日、あなたがジャックを止めなければ、この砦の防衛結界はそのまま、私たちを閉じ込めて『餌』にするための檻に書き換えられていたわ。吸血鬼は、私たちが必死に築いた守りを、そのまま自分の武器として奪い取ってしまうのよ」
「……最悪ですね。乗っ取られた後に、管理者が締め出されるなんて」
俺はコンソールに流れるエラーログを、より一層鋭い目で見つめた。 魔法を無効化しているんじゃない。あいつらは、この世界の物理演算や通信規約(プロトコル)を、自分たちの都合のいいように書き換える「不正な管理者命令」を発行しているだけだ。
「……だったら、やることは決まってます。あいつらが二度と不正ログインできないように、この砦の、いや世界のファイアウォール(防壁)を再構築する。……お嬢様、まずはキッチンの湯沸かし器から切り離します。あれ、結界の魔力が5%も漏(リーク)れてますから」
「えっ!? それだけは、私の朝のお茶が――っ! 他のところから直してよ!」
異世界最強の保守運用チーム。その最初の一歩は、お嬢様の「わがまま」という名の脆弱性を潰すことから始まった。
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