『ぼくのお母さん』【お題フェス·祝い】
宮本 賢治
『お祝い』
授業参観。
4年2組の教室は、いつもと雰囲気が違った。
担任の西岡先生。26歳、男性、独身、彼女無しは、ちょっとドキドキ、ソワソワ。体育会系の短髪さわやかスポーツマンも今日はいつものプーマのジャージじゃなく、スーツでキメていた。
教室の中はキツ過ぎない甘い優しい香りが漂っていた。
30代くらいのお母さんを中心とした保護者が教室の後ろに並んでいる。
ソワソワしてるのは、先生だけじゃなかった。生徒たちも、後ろを振り向いて、お互いアイコンタクトを取り合ったり、軽く手を振ったりしている。
「じゃ、授業を始めます!」
西岡先生のよく通る声で教室は静まりかえった。
「今日は、みんなのご両親や、兄妹、おじいさんやおばあさん。
ご家族について、事前に書いてきてもらった作文をそれぞれ読んでもらいます。
家族のことを話すのは、恥ずかしいと思うかもしれないけど、
恥ずかしがることはないぞ!
自分の家族の良いところを、自信を持ってプレゼンしてほしい」
西岡先生はそう言って、生徒たちの顔を見渡し、教壇の上の出席簿を見た。
「今日は17日だから、
出席番号17 番!
ユウトにトップバッターいってもろおうかな」
「やっぱり、ぼくか···」
ユウトが軽く頭を掻きながら、自分の席から立ち上がった。
ユウト。幼いながらも精悍な顔つき。トップ短めのトゥーブロックがよく似合っている。
「ユウト、ガンバレ!」
男友達の声援にユウトは、その子に振り返り、小さくガッツポーズで応えた。
西岡先生は保護者の列を見回した。
「アレ?
今日、ユウトのウチ、誰も来られてないのかな?」
ユウトも、一応、保護者の列を見回してから言った。
「ウチ、今日、2人ともいそがしくて来れないかもって言ってたんで、気にしないでください。
トップバッターいきます!!」
ユウトの発言に拍手が起こる。
みんな、トップバッターはイヤなのだ。
「じゃ、ユウト。
お願いできるかな」
「はい!」
ユウトは元気よく返事をして、作文用紙を広げ、読み始めた。
「ぼくのお母さん。
4年2組
ぼくのお母さんは、看護師です。
ちなみにお父さんは、消防士。
『命を救う夫婦』
それがウチの両親の誇りであり、ぼくの自慢です。
お母さんは総合病院の小児科に勤めてます。
重い喘息の子や、生まれつきの病気の子が入院しているそうです。
心配性のお母さんはウチでも、病院の心配をしています。
タカシくん、大丈夫かな?
そう言って、洗濯物をたたんだり、
疲れて、居眠りしながら寝言で、
マサルくん、ぜんぶ、食べれたじゃん!
とか言ってます。
なので、ぼくも、お母さんの病院の患者さんの名前を覚えてしまいました。
お母さんは、お父さんのことを
『ユウちゃん』
と呼びます。
2人は幼馴染で、小さいときから仲良しで、ずっとそう呼んでたそうです。
ぼくの名前は、ユウト。
なのに、ぼくはお母さんから、一度も、
ユウちゃんと呼ばれたことがありません。
けれど、ぼくはそんな、仲良しな両親が大好きです。
2人はラブラブです。
なぜなら、
ねぇ、ユウト。
ねぇ、ユウちゃん。
は声のトーンが違うからです。
ねぇ、ユウちゃんの後には、
必ず、ハートがつきます♡」
ユウトの作文を聞く子どもたちはちょっとクスクス。
先生と保護者たちは、リアルなむず痒さを感じていた。
「2人はきっと、まだ恋をしてます。
そう。
ウチには、恋をしてる大人がいるのです。
けど、ぼくはそれがイヤじゃない。
仲の良い2人を見てると、ぼくも幸せな気分になるからです。
ぼくのお母さんはの名前は、
ハルカって、言います。
お母さんは、ハッキリ言って、あまり料理が上手じゃありません。
たまに独り言のように言います。
何で、ハルカ、料理、ヘタなんだろ?
ウチは目玉焼きは、半熟派です。
3人とも、半熟が好きです。
ウチは、実はお父さんのほうが、料理が上手です。
お父さんの目玉焼きの半熟具合はカンペキです!
お父さんが朝食担当のときは、休みの日に燻製した自家製ベーコンを厚切りにして、軽く炙って、目玉焼きに添えてくれます。
半熟の目玉焼きの黄身を軽く破り、トロッと流れ出す黄身の真ん中に醤油をちょっと垂らし、ソレをベーコンに絡めて食べると···
イエイ!
ぼくは、お母さんとハイタッチします」
西岡先生が思わず、生唾を飲み込んだ。
「けど、お母さんが目玉焼きを焼くと、
カッチカチなのです。
ジューシーなベーコンをカッチカチの黄身に絡めようとしても、
何の物理的変化も起きません。
ユウト、ゴメンね。
お母さん、料理ヘタで。
渾身のローテンションで申し訳なさそうに、最愛の母からそう言われると、
ううん。
コレもおいしいよ。
ぼくは、笑顔でそう答えるしかありません。
ぼくは割りと小さいころに、
お世辞というスキルを身につけました」
教室の中が、スンとした。
「お母さんは、最近、
職場で出世しました。
看護主任になったそうです。
いつも、ただでさえいそがしいのに、大丈夫なの?
それが、ぼくとお父さんの疑問でした。
すると、お母さんはかわいくガッツポーズをして、
大丈夫!
と言いました。
そして、突然、イメチェンしました。
ぼくのお母さんは、ずっと髪の毛が長かったのです。
仕事のときは、邪魔にならないように結い上げて、ひとまとめにしてますが、ウチでは、おろしてました。
サラサラのキレイな髪は肩よりも長く。ぼくも、お父さんも、それが好きでした。
ある日、美容室に行ってくると出かけたお母さん。
帰ってきたお母さんを見て、
ぼくとお父さんはとんでもなく、驚きました。
短めショートにしてきたのです。
首も耳もスッキリと見えるショートカット。
コンパクトマッシュ
と言うそうです。
本人は、
小顔、首長に見えるでしょ♪
と髪をかき上げて、
カラーも、グレージュにしてみた。
と、笑ってました。
ぼくたち、男性陣は、
何で?!
としか言えませんでした。
すると、お母さんは、
これからもっといそがしくなりそうだし、髪の毛の手入れもカンタンなほうがいいかなって思ってさ。
と、明るく笑いました。
そして、ちょっと顔を引き締めて、こう言いました。
ちょっと、気合い入れてみた。
ぼくはそのときのお母さんの横顔かスゴく、カッコ良く見えました。
あ、コレが大人なんだな。
そう思いました。
ぼくはお父さんと相談して、
お母さんに
『お祝い』
をあげました。
ピンクゴールドの花びらのピアス。
そのお祝いのプレゼントを、お母さんはガチ泣きで喜んでくれました。
他にも、イッパイ持っているのに、お母さんはそれ以来、ずっと同じピアスをしています。
優しくて、
かわいくて、
一生懸命なお母さん。
ぼくは、そんなお母さんが
大好きです」
ユウトが作文を読み終えると、自然に拍手が発生した。そして、それは大きく割れんばかりの拍手へ変わっていった。
自然に拍手が止んだころ、
ガラッと教室の後ろ側の引き戸が開いた。
黒いVネックのトップスに、ベージュのキュロットパンツといったスタイルの女性が入ってきた。
キレイに切り揃えられたショートカットが印象的。ハッキリと見える形の良い耳には、ピンクゴールドの花びらを形どったピアスをしていた。
その女性は、ハルカだった。
ユウトが振り返り、ハルカに手を振った。
ハルカも、遠慮気味に手を振り替えした。
昇進、おめでとうございます。
ショートカット、お似合いですね。
カワイイ、ピアスですね。
ハルカは周りのお母さんたちに口々に声をかけられた。
遅れてきたのに、このウェルカムムード。一体、何なんだろ?
ハルカは1人、首を傾げた。
了
『ぼくのお母さん』【お題フェス·祝い】 宮本 賢治 @4030965
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