第1-2話 選ばなかった依頼先

 冒険者ギルド『鉄の双剣亭』の重い扉を潜ると、熱気と酒臭さ、そして若者たちの虚栄心が混じった特有の空気がヴェルンを包んだ。


「おい、見たかよ今の魔力探査! 半径五十メートルの獲物は全部網羅したぜ!」

「さすがエリック、将来のAランク候補は格が違うな!」


 掲示板の前で騒いでいるのは、卒業したての若手パーティだ。最新の魔法銀ミスリルが施された輝く装備が、朝日を反射して眩しい。

 リーダー格の少年がふんぞり返って魔力を練ると、ギルド内に「バッ」と、繊細な人間なら顔を顰めるような無遠慮な魔力の波動が広がった。


(……あーあ、盛大に撒き散らすねぇ)


 ヴェルンは壁際を這うように歩きながら、心の内で苦笑する。

 彼らが行っているのは、対象を強引に照らし出す探照灯のような探査だ。これでは検知する前に、こちらの居場所を魔獣に教えているようなものである。いわば、隠密など知らぬ見敵必戦を前提とした、若さゆえの暴力的な探査。


「おっと……」


 すれ違いざま、エリックと呼ばれた少年がヴェルンの肩を乱暴に叩いて通り過ぎる。

 普通ならよろめくところだが、ヴェルンはごく自然な動作で一歩引き、衝撃を逃がした。手にした木杯の残りの白湯すら、波紋一つ立てない。


「おい、そこどけよおっさん! D級以下は隅っこで縮こまってろ!」

「おっと、ごめんよ。おじさん最近、足元がおぼつかなくてねぇ。いやあ、若いのは元気が良くて羨ましいな」


 ヴェルンはへらへらと笑って道を譲った。若手たちは鼻で笑い、「これだから万年C級は」と吐き捨てて、勇ましくギルドを出ていく。

 彼らが手にしたのは、北の谷での魔獣討伐依頼だ。


「……賑やかでいいけど、北の谷か。あそこの入り口、昨日の雨で岩盤の音が少し重くなってるんだよねぇ。あのガシャガシャ鳴る金属鎧で行ったら、音の反響で奥の群れが全部起きちゃうんだけど。……ま、おじさんが余計なこと言っても年寄りの冷や飯だろうしね」


 ヴェルンは肩をすくめると、ようやく自分の番が来た受付カウンターへ向かった。


「おはよう、受付嬢さん。今日も一日、無理せずのんびり働こうと思ってね。この西の森の薬草採取、おじさんに任せてくれるかな?」


 受付嬢は呆れたような、それでいてどこか安心したような顔で、彼の手垢がついたC級ライセンスを受け取った。


「ヴェルンさん……。また、誰も行きたがらない泥だらけの湿地帯ですか?」

「ははは。おじさんには、お似合いの場所だよ」

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