第2話: 「後輩と家で過ごすのは、本当に地獄だ。」

芽衣は、ゆっくりと、まるで歩幅を測るかのようにしてアパートに足を踏み入れた。背中で組まれた両手。視線は壁から壁へと滑るように移り、まるで以前から想像の中に存在していた場所を確かめているかのようだった。


「先輩……先輩の家、すごく綺麗ですね」


少し間を置いて、首をかしげる。「……まあ、そんなに広くはないですけど」


亮司は玄関にカバンを置き、慣れた手つきで靴を脱ぐ。

「俺一人で住んでるからな」その返事は淡々としていて、余計な感情は感じられない。


芽衣は小さなリビングの中央で立ち止まる。ソファ、低いテーブル、半開きの窓から差し込む光。その視線は何かを探しているようで……あるいは、誰かを探しているようにも見えた。


「それで」亮司は振り返らずに言う。「何を探してるんだ?」


「あ……えっと」彼女は小さく笑う。「どこで私を寝かせてくれるのかなって」


その笑顔は控えめで、かすかだった。そしてゆっくりと屈み、靴を脱いで、彼の隣に丁寧に揃える。その仕草があまりにも自然で、妙に親密に感じられた。


部屋に沈黙が落ちる。空気が、少し重くなった気がした。


「それとも……」 芽衣が囁く。その声は、思考の中に直接入り込んでくるほど低い。「私の隣で寝たいですか?」


亮司はすぐには答えない。ただ、自分の部屋の扉に向かい、開ける。蝶番の小さな軋みが、言葉以上に沈黙を切り裂いた。

「俺は構わない」


芽衣の身体が止まる。指先が、かすかに震えた。予想していなかった。こんなに真っ直ぐな答えを返されるなんて。


「じゃ……じゃあ……」ゆっくりと喉を鳴らしながら言葉を探す「一緒に寝ます……」


亮司は一瞬、彼女を見る。小さく笑う。優しそうで……それでいて、視線は揺るがない。


「泊める代わりに」顎でキッチンを示す。「夕飯はお前が作れ」


「えっ!? 私、料理できません!」


亮司は完全にこちらを向く。笑みは消えないが、その目に浮かんだ僅かな厳しさが、選択肢は一つしかないと告げていた。

「じゃあ、帰れ」


芽衣は思わず一歩下がる。その視線、その言葉。冗談ではないと、はっきり伝わってきた。


口が少し開く。だが、声は出ない。目だけが語っている。そこには、さっきまでの戯れも、挑発もなかった。


亮司は動かず、答えを待つ。芽衣は視線を落とし、ゆっくり息を吸う。何かを、胸の奥から掻き集めるように。


沈黙。口を開いては、また閉じる。


そして何も言わず、彼の横をすり抜けてキッチンへ向かった。――ここにいられる唯一の方法だと、分かっていたから。


亮司はその背中を見つめる。言葉は交わされない。それでも、この狭い空間では、沈黙の方がよほど多くを語っていた。z


芽衣はキッチンに入り、何も言わずに拳を握る。視線は少し上へ。頭の中で、何かを組み立てているのだろう。


唇がわずかに歪む。「……見てなさいよ、先輩」


声は小さく、笑いはすぐに飲み込まれる。戸棚を開け、閉め、材料を探す。野菜。ヌードル。即興だが、怪しいほどの自信を持って手を動かした。


数分後。「先輩、できました」


匂いにつられるように亮司がやってくる。まだ上着を着たまま、テーブルの前で足を止め、並べられた料理を見る。


「何を作った?」

「野菜とヌードルがあったので……適当に」


亮司はゆっくり頷く。「いい判断だ。必要な時は、即興が大事だ」

「はいはい、先輩」


その視線が、やけに長く彼に留まる。――待っている。


「じゃあ……いただきます」

「いただきます」


箸が同時に動く。芽衣が先に口に運び、目を輝かせる。


「んっ!」満足そうに笑う。「すごく上手! ねえ、亮――」


言葉が途切れた。亮司が動かない。虚空を見つめたまま、顔にじわじわと赤みが広がっていく。額の血管が浮き、箸を持つ手が震える。もう片方の手は、テーブルを強く掴んでいた。


芽衣は思わず笑う。「アハハ――」だが、すぐに止まる。


様子がおかしい。亮司は何も言わない。呼吸が荒く、目に涙が滲んでいる。ロマンチックとは程遠い。


鼻水が一筋、垂れていることにも気づいていない。


「せ、先輩……?」


返事はない。


――ドンッ。拳がテーブルを叩く。顎で水のボトルを示すが、言葉にならない。


「み、水!?」


芽衣は跳ね起きる。足が震え、グラスに水を注ぐ手も安定しない。心臓の音がうるさすぎて、考えることすら難しい。


水滴をこぼしながら差し出すと、亮司は一気に飲み干す。


「……はぁ」


それだけ。芽衣はその場に立ち尽くす。肩は強張り、指を胸の前で絡める。

「ご、ごめんなさい……先輩……た、たぶん、唐辛子入れすぎちゃって……」

声は思った以上に弱かった。


亮司は咳き込みながら、ようやく彼女を見る。「……何考えてるんだ、芽衣」


それ以上、言う必要はなかった。その目に宿る怒りが、すべてを物語っていた。


問題を片付け、余計なイタズラもなく夕食を終えた後、リオジはテーブルから立ち上がり、空いた皿を片付けた。


「洗いに行く。」


ソファから顔を上げた彼女は、膝を抱えたまま見つめる。「うう、先輩…私をここに一人にするの?」

「もちろんだ。」と、振り向きもせず答える。「信じているから。」


彼女は首をかしげ、徐々に笑みを取り戻す。「ふーん、じゃあいいけど…」

立ち上がり、軽やかな足取りで彼の背後に近づく。「じゃあ背中を洗ってあげる。」


しかし、彼が反応する前に、メイはすでにそこにいて、その指先が危ういほど自然に彼の背中に触れた。だが、それはほんの一瞬だった。彼は素早く振り向き、横に押しのけ、鋭い視線を向ける。厳しくはないが、十分にわかる視線だ。


その視線に、彼女は思わず止まる。


「受け付けない。」たった二言。しかし、それで十分だった。


彼は洗い場に入り、扉を背後で閉める。


その瞬間、部屋は静まり返った。メイは数秒間その場に立ち尽くし、視線を落とす。唇をかみしめ、軽く首を振り、リオジの部屋の扉、そしてキッチンを交互に見た。


目を閉じ、心の中でつぶやく。「せめて…これで許してもらえるといいけど…」


彼女はキッチンに向かい、皿洗いを始める。水の音が、彼女の思考よりもアパート内に響き渡る。


しばらくして、扉が開く。リオジは緑色の、シンプルすぎるパジャマを着て現れた。


「メイ、」中立的な声で言う。「お風呂に行っていいぞ。」


彼女は振り向き、彼を見る。そして突然、抑えきれない笑いがこぼれる。軽く前かがみになり、指でリオジを指さす。

「あははは!先輩!そのパジャマ、何なの?!」


彼はわずかに首をかしげる。「ん?どういう意味だ?君の着パジャマに似てるだろ?」

「あははは!何言ってるの、先輩?!」

架空の涙をぬぐう。「私のパジャマの方がずっと可愛いのに。」


「ふーん。」


彼は大胆な視線で彼女を見る。その目には何かが宿っていた。「本当に?持ってきたのか?」

「あ…ん…」


メイは周囲を見渡し、静かに口笛を吹く。まるでこのアパートが魔法のように逃げ道を提供してくれるかのように。


「多分無理ね。」

「本当に先輩に服を着ていない姿を見せたいの?」


沈黙。

そして――

ドスッ。


メイは素早く反応し、彼の腹に鋭い一撃を与える。彼は膝を折り、痛みに耐えながらうめく。


「せ、先輩!」彼女は赤面しながら叫ぶ。「何言ってるの?!変態!」

「お前が言わせたんだろ…」彼は痛そうに呟く。

「違うでしょ!」


リオジはゆっくりと立ち上がり、濃い緑色の、決して可愛くないパジャマを彼女に投げる。彼女は素早くキャッチし、顔をしかめる。


「黙って着ろ。」メイはしかめ面。「先輩を動揺させないために、私が何を着なきゃいけないのか…」


そして、ついに洗い場の扉の向こうに消える。扉が閉まる。ついに彼は一人、リビングに残される。ソファに腰を下ろし、天井を見つめる。静寂が再びアパートを満たす。


時間が過ぎる。リオジにとっては長すぎるほど。やがて浴室の扉が開き、彼は腕を組んだまま、虚空を見つめる。


メイが出てくる。手にはタオル、髪はまだ少し湿っている。パジャマ姿。彼女が以前あれほど批判していた濃緑色のものだが、彼女には単に上着だけで、脚も覆い、袖は手を超えている。


「先輩、」驚くほど落ち着いた口調で言う。「ボディソープとシャンプー、いいセンスですね。」


彼はわずかに顔を上げる。「もちろん。自分の使う物には気を使うからな。」

腕を組み、防御的な態度で。「気を使うのは当たり前だろ?」


メイは首をかしげ、ゆっくりと笑みを広げる。「ん…先輩?」

一歩前に進む。「もし、この機会を待ってわざわざ買ったとしたら?」


その目にはいたずらっぽい輝き。「想像してみて、先輩の好きな後輩が…同じ香りを身にまとっている姿を。」言葉に合わせるように、手が腕を滑り、パジャマに沿って動く。


リオジは目をそらす。さっきまでの安らぎは、一瞬で消え去った。


「俺は寝る。」何も言わず振り返る。答える意味はないと知っている。

「まあ、先輩。」メイが小さくふくれる。「せめて返事して…」


彼は自室の扉を開ける。一瞬の沈黙。


「リ、リオジ…」メイの声が低くなる。不安げに。「わ、私はどこに行けば…?」

「一緒に寝るって言っただろ?」

「本当にいいの?!」


メイはすぐに目を上げる。瞳が輝く…しかし体はわずかに震える。背中を見つめながら、何かを期待しているかのように。


「もちろんダメ。」彼はわずかに振り返り、部屋の右側の扉を指す。「そこに寝ろ。」

「あ…」


一瞬、彼女は本当にがっかりしたように見える。しかし、すぐいたずらっぽい笑みが戻る。「やっぱり何か変だと思ってた。」


頭の中で、新しい考えがすでに形を取り始める。視線は素早く動き、リオジを最後に一瞥する。

「最後に一つ、メイ。」


声は落ち着いている。あまりにも。「理由もなく俺の扉をノックするな。さもないと後悔するぞ。」


彼女は軽くため息。「あー、先輩…本当に怖い。」首をかしげる。「怒っているのはわかるけど、まさか脅すなんて…?」


カチッ。扉が閉まる。鍵が回る。メイは廊下で立ち尽くす。扉が再び開くことを期待しているかのように。何か言ってほしいかのように。


「ふー…」小さくつぶやく。アパートの静寂が、その最後の言葉すら飲み込む。

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