俺の後輩はいつも「好き」って言ってくるけど、どう考えてもからかわれてる

@RenjiKaze

第1話: 「『愛してる』は、日常会話です」

「好きです、先輩。」


メイはそれを、あまりにも自然に口にする。 まるでその言葉に重みなんてないかのように。 まるで、それが毎回リオジを追い込んでいることを知らない―― あるいは、知っていて知らないふりをしているかのように。


彼の隣を軽やかな足取りで歩き、背中で指を組み、 いつも一歩先を行っているかのような落ち着いた笑みを浮かべている。 年齢に似合わずどこか大人びたその身体と、 銀色の髪が午後の光を受けて輝き、通りすがりの視線を集めていた。


その視線は、当然のようにリオジにも向けられる。


「やめろよ、メイ……」 彼は小さく呟き、ほんの少しだけ距離を詰める。 「誤解されるだろ」


メイは首をわずかに傾げる。


「ん?」 そして彼を見る。 「どういう意味ですか、先輩?」


わかっている。彼女はちゃんとわかっている。


それでも、澄んだ目で彼を見つめる。 楽しそうに、心から嬉しそうに。 彼 困っている、その様子を見るのが――嬉しくてたまらないように。


「ほ、本当に付き合ってるって思われるだろ……」リオジはさらに声を落とそうとするが、意味はない。


「え? 付き合ってないんですか?」メイは明るい声で言う。「もう一年も一緒ですよ? まだ捨ててないだけ感謝してください」


「な、何言ってるんだよ! 声が大きい!」


メイは吹き出す。 澄んだ、悪意のない笑い声。だからこそ、余計に残酷だった 周囲では何人かが歩みを緩め、 立ち止まり、 ひそひそと囁く声が聞こえる。


リオジは、今すぐこの場から消えてしまいたい衝動に駆られた。歩調を速める。無視しようとする。落ち着かせようとする。


無駄だった。メイは自然災害みたいな存在だ。


「先輩、帰りましょう」

「帰ってるところだ」

「本当に?」


彼女はさらに距離を詰める。危険なほど、気まずい距離まで。

「彼女と情熱的な一夜を過ごすより、家に帰る方がいいんですか?」


メイは遠慮もなく、言葉に合わせてあまりにも露骨な仕草をする。周囲の視線が、重くのしかかる。


「メイ!」 歯を食いしばる。 「そんなこと言うな!」


「アハハ!」 笑う。必死に尊厳を保とうとする彼を見て、楽しそうに笑う。


「困ってますよね、先輩?」耳元に近づき、囁く。「本気で考えちゃってますよね?」


「考えるわけないだろ!」彼は反射的に言い返す。「俺は自分の家に帰る!」


手を伸ばし、彼女を軽く押しのけて通ろうとする。ほんの小さな動作 それで十分だった。


「もう、先輩!」彼女はすぐに抗議する。「ここに一人で置いていくんですか?  この人たちに何されるかわからないじゃないですか」


だが、彼は振り返らない。振り返れば、負けるとわかっている。


それでも―― 彼女の足音は、すぐに追いついてきた。


「なんでついてくるんだ?」自動ドアの前で立ち止まり、尋ねる。


「先輩の家に行くからです」


リオジは、その場で凍りついた。 脚が動かない。 まるで重たい石を乗せられたかのように。


「な、何だって?」 彼女を見る。「だ、誰も招待してないだろ」


メイは笑い、軽い足取りで近づく。


「せ、先輩……」 視線を落とし、頬をほんのり赤らめる。「本当に……少しも触りたくないんですか?」


ほんの一瞬―― 本当に、一瞬だけ―― リオジは引っかかる。

「メ、メイ!? な、何言ってるんだ!」


「バハハ!」 その笑い声で、すぐに悟る。「先輩、見てください! 顔、真っ赤ですよ!」


リオジは拳を強く握りしめる。怒りで、悔しさで。心の奥では、ここにいたくない、ただ消えてしまいたいと強く思っていた。


それでも―― 理性に反して、彼の中のどこかが理解している。これは、まだ終わらない。


家までの道は長い。そして、なぜか――彼女はまだそこにいる。メイは彼の少し後ろを、ゆっくりと歩いている。ついて行くことが、当たり前のように。


しばらく、彼女は何も言わない。二人の足音だけが、言葉以上に空気を満たしていた。


「家は反対方向だぞ」リオジは振り返らずに言う。


「行きましょうよ、先輩ぃ」 その声は、いつもと少し違っていた。 確かに楽しそうだが、そこに混じる、何か不安定なもの。


「一緒にいさせてください。 いろいろ教えてください……後輩なんですから」


彼が振り返ると、すぐに気づく。彼女の頬に浮かぶ、わずかな赤み。


強くもなく、 誇張もされていない。ほんの、わずかに。


そして、前触れもなく―― 彼女は胸に手を当てる。心臓の上に。


「聞こえますか?」小さな声で言う。「すごくドキドキしてるんです。先輩の家に行けるって思ったら……」


声を落とす。落としすぎる。言ってはいけないことを、頼んでいるように聞こえた。


リオジの心臓が、嫌なほど跳ねる。

「……くそ」

「言っただろ。ダメだ」

きっぱりと言う。「自分の家に帰れ」


決意を込める。何としてでも、納得させようとする。そして、今回は本気だった。家の中まで彼女を連れて行くなんて、耐えられない。


「……わかりました、先輩」


メイの声色が、急に変わる。「一人で帰ります」


一瞬、間が空く。「もう暗くなってきましたし…… もしかしたら、誰か寄ってくるかもしれませんね」


リオジの視線が、思わず上がる。


太陽は沈みかけている。 道は静かだ。だが、メイはどこにいても目立つ。


「……妹は?」彼は尋ねる。


「ああ」彼女は、わざとらしく気にしていないふりをする。「友達の家です。今日は一人ですね」


わかっている。彼女は彼を操ろうとしている。それでも――その不安げで、少しだけ寂しそうな声音が、彼の胸を打つ。


ため息をつく。「……わかった」


立ち止まり、彼女を見る。そして周囲を一度見回す。「今夜だけだ。変なことは絶対にするな」


言い終わる前に――「ありがとうございます、先輩!」


一瞬で距離を詰められる。近すぎて、バランスを崩しそうになる。触れたのは、ほんの一秒。それ以下かもしれない。すぐに離れ、彼女は笑い出す。


「また勝っちゃいました!」誇らしげに、当然の勝利のように笑う。


リオジはその場に立ち尽くし、少し前を歩く彼女の背中を見つめていた。心臓が、必要以上に早く打っている。驚きだけじゃない。


――負けた。そして、それを彼自身が一番よくわかっていた。

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