第7話:アークエッジの反撃
第7話:アークエッジの反撃
大田区の工場に、死の予感が漂っていた。
「……社長、最悪だ。九条院の野郎、正気を失いやがった!」
アルが叫びながら、モニターを乱暴に指差した。宇宙の深淵を映す画面には、黄金に輝く九条財閥の象徴、巨大魔法衛星『ゼウス』が映し出されていた。だが、その姿はもはや神々しいものではなかった。 過剰に充填された魔力が制御を失い、船体から青白い稲妻が噴き出している。自重に耐えかねた巨星は、自ら崩壊を始め、その破片を時速数万キロという凶器に変えて軌道上に撒き散らし始めていた。
「魔法デブリが、連鎖衝突(ケスラー・シンドローム)を起こし始めた……。破片が別の衛星を壊し、その破片がまた別の星を砕く。このままじゃ、一時間以内に地球の周りは鉄クズの檻に囲まれるぞ!」
恵が弾き出したシミュレーション結果は、絶望的だった。 「通信は途絶し、人類は宇宙から追放される……。それこそ、九条が狙っていた『誰にも宇宙を使わせない』という最悪の独占だわ」
「……独り占めできないなら、壊してしまえっていうのか。傲慢だな、九条院」
福代は、モニター越しに火花を散らす宇宙を見つめた。 鼻腔を突くのは、限界まで回したサーバーの基板が焼ける嫌な匂い。そして、足元からは巨大な魔力暴走が引き起こす微かな震動が、地響きのように伝わってくる。
「ゲンさん、全衛星(アークエッジ・ナノ)の予備スラスターを全開にしろ」 福代の低い声が、混乱する工場に響いた。
「全開にしてどうすんだよ! デブリの群れから逃げ切れるわけねえだろ!」
「逃げるんじゃない。……盾になるんだ」
「……はぁ!? 社長、正気かよ!」 ゲンさんがスパナを握りしめたまま絶句した。
「アル、セラの『海図』を使って、デブリの軌道を一ミリ単位で予測しろ。三千機の小型衛星を、最も衝突密度が高いポイントへ展開。一機ずつが『盾』となり、デブリの速度を落とす。連鎖衝突のエネルギーを、僕たちの衛星で吸収するんだ」
「そんなことしたら、うちの星は全部粉々だぞ!」 アルが立ち上がり、福代の肩を掴んだ。 「せっかく打ち上げた三千機だ! 借金して、徹夜して、ゲンさんが一機ずつ組み上げた、僕たちの子供なんだぞ!」
「分かっている。……でも、これしか宇宙を守る方法はないんだ」
福代は、アルの震える手を静かに外した。 「一兆円の『巨星』は、一度壊れたら世界を滅ぼすゴミになる。でも、僕たちの一億円の『群れ』は、世界を守るために使い捨てられることができる。……それが、僕が言った『インフラ』の真意だ」
福代は、工場の奥で出番を待つ、まだ打ち上げられていない予備機に歩み寄った。 冷たく、けれど確かな重みを持つ銀色の筐体。
「ゲンさん、お箸の話を覚えていますか?」 「……ああ、長いお箸で、相手に食わせるってやつだろ」
「今、世界中の人々が、空から降ってくる鉄の雨に怯えている。……だったら、僕たちがその箸を盾にして、彼らを守らなきゃいけない。……僕たちの衛星は、壊れるために生まれてきたんじゃない。誰かを守るために、あそこにあるんだ」
ゲンさんは、しばらく沈黙した。 そして、荒っぽく鼻をすすると、作業帽を深くかぶり直した。 「……クソったれ。最高に金のかかる盾じゃねえか。……おいアル! 泣いてる暇はねえ! 世界一精密な『ゴミ捨て』の準備をしろ! 社長が壊していいって言ってんだ、派手に散らせてやろうじゃねえか!」
アルは、涙を拭いもせずにキーボードを叩き始めた。 「……了解。アークエッジ・スウォーム、最終フォーメーション『アイギス』展開。……セラ、データの同期、頼むよ!」
『……準備は、できています』 通信の向こうで、セラの声が震えていた。 『……福代。あなたの星たちが、私の目の中で、とても誇らしげに輝いているわ。……今、衝突予測データを転送します!』
宇宙。 高度百キロの境界線。 制御を失った『ゼウス』から放たれた、数千の魔法デブリの弾丸。 そこへ、三千機の銀色の立方体が、一糸乱れぬ編隊で突っ込んでいった。
衝撃。 大田区の工場のスピーカーから、衝突のたびに「ピピッ」という悲鳴のようなアラートが鳴り響く。 モニター上で、一つ、また一つと、アークエッジの光が消えていく。
「……十七号機、消失! ……四十二号機、大破! でも、デブリの速度を三割減衰させました!」 恵が叫ぶ。
「耐えろ! 次の編隊を入れろ!」 福代は、消えていく光の数だけ、胸に刺さるような痛みを感じていた。 それは、自らの肉体を削り取るような感覚だった。
『ゼウス』の巨大な破片が、地球の通信網の中核へ向かって落ちていく。 「あいつが本丸だ……。あれを止めなきゃ、通信は死ぬ!」
「……全衛星、最終突撃」 福代の声が、静かに工場に落ちた。 生き残った数百機の衛星が、セラが導き出した最適のベクトルへ、最後の火を噴いた。
無数の小さな星たちが、一つの巨大な破片に群がり、自らを砕きながら、その軌道を歪めていく。 モニターが白光に包まれ、やがて――。
静寂が訪れた。
「……デブリ、大気圏への突入コースへ変更。……地上への被害、ゼロ。……宇宙の連鎖衝突、回避完了」 恵の声が、震えていた。
モニターから、ほとんどの光が消えていた。 九条財閥の象徴だった『ゼウス』は消え、アークエッジが編み上げた星の網も、その姿を消していた。
「……終わったのか」 アルが力なく椅子に座り込んだ。
工場には、機器の熱気が残っていた。 福代は、窓の外を見た。 そこには、夜明け前の静かな空がある。 魔法の人工衛星が放っていた不自然な輝きはなく、ただ、太古から変わらない本物の星が瞬いていた。
「……全部、無くなっちまったな」 ゲンさんが力なく笑った。
「いいえ。……見てください」
福代が指差したモニターの片隅。 たった一機。 ボロボロになり、アンテナの一部が欠けながらも、三千機の最期を見届けた衛星が、信号を送り続けていた。
『……福代、聴こえる? ……あなたの星たちが、宇宙を救ったわ。……今、夜空には、魔法に汚されていない、本当の朝が来ている』
セラの声を聞きながら、福代は深く、深く息を吐き出した。 資産も、製品も、すべてを失った。 けれど、彼の瞳には、かつてないほど強い光が宿っていた。
「ゲンさん、アル、恵。……二号機の設計図を出してくれ」 「……はあ? 今からかよ、社長」 「ああ。次は、一万機だ。壊れない盾じゃなく、誰もが宇宙に触れられる、もっと強くて、もっと優しい網を編むんだ」
大田区の町工場に、再びキーボードを叩く音が響き始める。 それは、魔法に頼らない、人間の知恵と意地が奏でる、新しい時代のイントロダクションだった。
第8話「見えない糸を編む」へ続く。
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