第8話:見えない糸を編む
第8話:見えない糸を編む
「……全部、消えたわけじゃねえな」
大田区の町工場に、ゲンさんの野太い声が響いた。 一週間前、アークエッジ・スペースの全財産だった衛星群は、宇宙を救うための「盾」となって砕け散った。だが、その残骸の中から、福代たちは信じられないものを拾い上げていた。
「見てくれ、社長。砕けた衛星の破片が、九条の魔法デブリを吸着して、安定した『中和場』を作ってやがる。……俺たちが作った『鉄の箱』は、死んでもなお仕事をしてるぜ」
福代はモニターを見つめた。 そこには、バラバラになったはずの数千の破片が、磁石に引き寄せられる砂鉄のように、宇宙空間で規則正しいパターンを形成している様子が映し出されていた。
「アル、これは……」 「……スウォーム・インテリジェンス(群知能)の極致だよ、社長」 アルが興奮で鼻息を荒くし、徹夜続きの目を血走らせてキーボードを叩く。 「一機ずつに搭載していた『自己組織化プログラム』が、破壊の衝撃を越えて生き残っていたんだ。砕けても、機能の一部が生きていれば、隣の破片と手を繋ぐ。一機一機はただの破片(スクラップ)でも、それが一万、十万と繋がれば……宇宙全体を包む巨大な『膜』になる」
工場の空気は熱く、排熱ファンの唸りが鼓動のように響いている。 福代は、自ら溶接機を握り、次世代機『エッジ・リンカー』の筐体を焼き付けていた。火花が飛び、オゾンの匂いが鼻を突く。
「九条院が放った魔法汚染は、まだ月の裏側で脈打っている。……セラ、準備はいいか」
通信機の向こうで、セラの澄んだ声が、今度は力強く響いた。 『……はい、福代。私の「海図」は、すでにあなたの新しいネットワークと同期しています。……星たちのささやきが聞こえるわ。彼らは、もう一度編み上げられるのを待っている』
「よし。……全機、一斉射出!」
町工場の裏から、魔法燃料を一切使わない「圧縮空気型ロケット」が、次々と火を噴いた。 それは贅沢な打ち上げではない。まるで機関銃から放たれる弾丸のように、数秒おきに小さな銀色の立方体が空へと吸い込まれていく。
高度百キロ。 かつて戦場だったその場所に、新しい星たちが届く。 彼らは宇宙に散らばる「先代の破片」たちと合流し、見えない電波の糸を伸ばし始めた。
「……始まった。ネットワーク・フォーメーション『九膳(きゅうぜん)』、展開!」
福代の叫びとともに、モニター上の光点が爆発的に増殖した。 一機は手のひらサイズ。魔導貴族の魔法からすれば、ゴミ同然の微弱な出力。 しかし、その一機が隣と繋がり、十、百、千、一万……。 宇宙空間に、地球全体を包み込む巨大な「幾何学模様の網」が浮かび上がった。
「……すげえ。魔法の淀みが、消えていく……」 ゲンさんが、モニターに映る月の裏側の映像を指さした。 赤黒く脈打っていた『魔力汚染体』が、アークエッジの網が放つ「中和波」に触れた瞬間、雪が溶けるように白く浄化されていく。
「これが、僕が目指した『民主的な宇宙』だ」 福代は、震える手でコンソールを握りしめた。 「一人の天才、一人の強大な魔法使いが支配する世界じゃない。弱くて小さな存在が、お互いに支え合い、糸を編み、巨大な悪意を中和する。……特権階級の奇跡なんていらない。僕たちには、この繋がりの連鎖があるんだ」
九条魔法財閥の司令室では、九条院が狂ったように叫んでいるだろう。 自分の高価な魔法衛星が、町工場の「ゴミの山」によって無効化される屈辱に。
「社長! 世界中からアクセスが来ています!」 恵が、興奮を隠せずに叫んだ。 「僻地の村、紛争地域の病院、砂漠の学校……九条の魔法が届かなかった場所から、私たちの『網』を通して、初めてのメッセージが届いています! 『ありがとう』……『私たちは独りじゃない』って!」
福代の視界が、不意に潤んだ。 モニターに映る無数の光点は、もはやただの機械ではない。 それは、何世紀にもわたって虐げられてきた「持たざる者たち」が、初めて手にした自由の灯火だ。
『……福代……見て……』 セラの声が、祝福の歌のように響く。 『……月が、銀色に輝き出したわ。汚染が消えて、宇宙が本来の静寂を取り戻している。……あなたの編んだ糸は、もう誰にも切ることはできない』
「ああ、セラ。……お箸は、九膳どころじゃなかったな」 福代は笑った。涙が頬を伝い、唇に塩辛い味が広がった。
「一万、十万、百万……。この糸が地球を、月を、そしていつか太陽系の果てまで繋ぐ。……奇跡は終わりだ。ここからは、僕たちの知恵と勇気の時間だ」
町工場の中に、拍手が沸き起こった。 油に汚れた手、コードを叩き続けた指、数字を追い続けた目。 不揃いな九人の仲間たちが、今、一つの巨大な「星の家族」となって、宇宙の歴史を塗り替えたのだ。
見えない糸が、夜空を編み上げていく。 それは、かつてないほど美しく、力強い、真実の星座だった。
次は、第9話「ラスト・カウントダウン」。福代自らが宇宙のエッジへと向かい、九条院との最終決戦に挑みます。
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