第6話:月と地球の密約

第6話:月と地球の密約


九条魔法騎士団による猛攻で、大田区の工場は焦げたゴムと、過負荷に耐えるサーバーの熱気が充満していた。


「社長! 結界がもたねえぞ、あと三枚だ!」 ゲンさんが火花散る制御パネルを必死に抑え込む。窓の外では、九条院が放った純白の騎士たちが、夜空を蹂躙するように巨大な魔導陣を展開していた。


福代は、工場の隅にある、一際古い防音室へ駆け込んだ。 そこには、アルが「狂気の産物」と呼んだ、電波と魔導波を強制的に混線させる特殊通信機が置かれていた。


「アル、回路を回せ! セラに繋ぐ!」 「無理だよ、社長! このノイズの中で月と交信なんて、お箸で針の穴を通すようなもんだ!」 「やるんだ。彼女の『海図』がなければ、僕たちの星はすべて撃ち落とされる!」


福代はヘッドセットを装着した。耳の奥で、暴風雨のようなノイズが荒れ狂う。 彼は目を閉じ、意識をノイズの向こう側へと飛ばした。


「……セラ。聴こえるか、セラ」


沈黙。そして、宇宙の深淵から響くような、冷たくて温かい振動が届いた。


『……福代……? どうして……月は今、汚染体に飲み込まれようとしているのよ。私に構わず、逃げて……』


「逃げない。君を置いて、この星を終わらせたりしない」 福代の声は、震えていた。だが、それは恐怖ではなく、抑えきれない情熱の震えだった。 「セラ、教えてくれ。九条の『魔法巨星』が捉えきれていない、宇宙の真実の姿を。汚染体の核がどこにあるのか、魔法の淀みがどこで渦巻いているのか」


『……だめよ。私のデータは、月詠みの民が代々受け継いできた「魔法の海図」。科学で生きるあなたたちに渡せば、それは宇宙の調和を乱す刃になる……』


「刃じゃない、道を作るんだ!」 福代は、コンソールの金属に指を食い込ませた。 「いいかい、セラ。魔法は確かに美しい。一瞬で世界を変える奇跡だ。でも、それは選ばれた者にしか見えない。……僕がやりたいのは、魔法を否定することじゃない。魔法という名の『海図』を、科学という名の『言語』に翻訳して、地上のすべての人に配ることなんだ」


『……魔法を……翻訳する……?』


「そうだ。科学と魔法は、対立するものじゃない。魔法が宇宙の『心』なら、科学は宇宙の『体』だ。心が体を無視すれば、今の月のように病んでしまう。体が心を忘れれば、九条のような怪物になる」


福代は、溢れ出る汗を拭うこともせず、マイクに向かって叫んだ。


「僕たちは、三千機の衛星で宇宙を『触診』する。君が見ている魔法の歪みを、僕たちのデジタルデータと同期させてくれ。そうすれば、汚染体の急所を突ける。……君が一人で背負ってきた宇宙の重荷を、僕たち全人類に、少しずつ分かち合わせてくれないか!」


通信の向こうで、セラが息を呑む音が聞こえた。 福代には見えていた。月面、青白く光る観測所で、孤独に震えていた少女が、初めて自分以外の「熱」に触れ、その瞳を潤ませる姿が。


『……お箸の話を……したわね。……一人では食べられないご飯を、長いお箸で、互いに食べさせ合う……』


「ああ、そうだ。僕たちは、月と地球でそれをやるんだ」


セラの声から、迷いが消えた。 『……分かりました。福代……あなたの「鉄の箱」に、私の魂(データ)を預けます。……今、宇宙の海図を、あなたの演算機に流し込む……!』


次の瞬間、防音室のモニターが、見たこともない色彩で爆発した。 「……何だこれ!? デジタル信号の中に、感情(クオリア)が混じってやがる!」 アルが悲鳴のような声を上げた。


真っ黒だった宇宙のレーダー画面に、虹色の血管のような「魔法の奔流」が浮かび上がる。 九条の衛星が隠していた汚染体の巣窟、魔法デブリが溜まる引力のポケット、そして、汚染体を一撃で霧散させるための「宇宙の呼吸」のポイント。


「……見えた。これが、宇宙の本質か」 福代は、モニターに映し出された光の網に見惚れた。それは、彼が夢見た「星の海図」そのものだった。


「アル、データを全衛星にブロードキャスト! セラの目と、僕たちの脳を繋げ!」 「了解! 科学と魔法のハイブリッド・エミュレーション、起動!」


工場の外で、魔法騎士団が放とうとした最後の一撃――。 だが、彼らが引き金を引くより早く、夜空に浮かぶアークエッジの小型衛星たちが、一斉に複雑な機動を開始した。


一機一機は無力な箱。だが、セラから届いた海図に従い、宇宙の急所を突くように配置されたその群れは、一つの巨大な「レンズ」となった。


「……撃て」


福代の静かな命令とともに、三千機の衛星が、太陽光を一点に収束させ、セラから教えられた「魔法の淀み」へと照射した。 宇宙空間で、音がしないはずの爆発が起きた。 九条院の騎士たちが、その余波に吹き飛ばされる。


『……ああ……月が……軽くなっていく……』 セラの、涙を堪えたような笑い声が聞こえた。


「これが僕たちの密約だ、セラ。君は空から真実を見守ってくれ。僕は地上で、君の声を星の言葉に変え続ける」


福代は、ヘッドセットを外し、工場の壁に寄りかかった。 全身の力が抜け、汗が冷たく感じる。だが、その胸のうちは、これまでにない達成感で満たされていた。


「……お疲れさん、社長」 ゲンさんが、すすけた手で、温かいお茶を差し出した。 「科学と魔法、か。……へっ、案外、相性がいいじゃねえか」


窓の外、夜明けの境界(エッジ)が白んでいく。 九条財閥という太陽が沈み、今、地球と月を結ぶ「見えない糸」が、新しい時代の星座を書き換えようとしていた。


次は、第7話「アークエッジの反撃」へ。九条財閥の巨大衛星の暴走、そして福代たちが仕掛ける「宇宙の掃除(クリーンアップ)」作戦を描きます。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る