第4話:インフラとしての星

第4話:インフラとしての星


「おい、社長。この映像を見てくれ。これが、今の『境界(エッジ)』の外側の現実だ」


アルが苦々しい顔で、大型モニターに現地のライブ映像を映し出した。 映っているのは、アジアの僻地にある小さな村だ。九条財閥の「魔法通信網」の恩恵から見捨てられたその場所では、子供たちが枯れた大地に座り込み、壊れた魔法端末を虚しく振っていた。魔法エネルギーを買えない貧困層にとって、情報は命よりも高い贅沢品だった。


「……知識がない。病気の治し方も、作物の育て方も、外の世界で何が起きているかも、彼らには届かない。九条は、情報を魔法という名の『宝石箱』に閉じ込め、鍵をかけて独占しているんだ」


福代は、モニターに映る一人の少年の瞳を見つめた。その瞳にあるのは絶望ではなく、ただ「何も知らない」という深い空白だった。


「アル、三号機から十号機までの『群(スウォーム)』を、この座標の真上に展開しろ。僕たちの星は、宝石じゃない。ただの『光』だ。誰にでも平等に降り注ぐ、知識という名の光だ」


福代の言葉と同時に、大田区の工場に緊張が走った。 「了解。超小型衛星群、ネットワーク構築開始。魔法を使わないからこそ、遮断されない。……いくよ、みんな!」


アルの指がキーボードの上で踊り、宇宙空間に漂う数機の『アークエッジ・ナノ』が、見えない糸で繋がり始めた。魔法の届かない暗闇に、科学の電波が一本の細い道を通していく。


「……繋がった」


恵が震える声で言った。モニターの中で、村の子供たちが持っていた古びたタブレットが、一瞬だけ青白く発光した。知識の海が、彼らの元へ流れ込み始めた瞬間だった。


だが、その喜びは、突如として襲いかかった「熱」によって霧散した。


「……何だ、このプレッシャーは!」 ゲンさんが作業台を掴んで踏ん張る。工場の空気が一瞬にして重くなり、鼻腔を突く硫黄のような匂いが漂った。


「九条だ……」 福代は歯を食いしばった。


モニターがノイズで真っ赤に染まる。九条魔法財閥が放ったのは、物理的な攻撃ではない。大気中の魔力を暴走させ、人工的に引き起こされた『局地的魔法嵐』だ。


「社長! 衛星群との通信がズタズタだ! 嵐の魔圧が強すぎて、電波が物理的に押し潰されてる!」 アルが悲鳴を上げる。 「九条の奴ら、情報を届けること自体を『環境破壊』だとこじつけて、魔術的にエリアを封鎖しやがった!」


『……フクヨ、逃げて……』 セラの、苦痛に満ちた通信が途切れ途切れに混じる。 『……九条院が……直接、介入したわ……。この嵐は……宇宙の秩序を歪めるほどの……悪意に満ちている……』


「九条院……!」 福代は、丸の内の議事堂で自分を冷笑したあの男の顔を思い出した。 「彼は、情報の独占が崩れることを、何よりも恐れているんだ。……恵、今の嵐の座標と周波数を解析しろ。アル、衛星群を『編隊(フォーメーション)』に移行させろ。一機では耐えられなくても、群れになれば耐えられる!」


「無理だよ! こんな魔圧、小型衛星の筐体じゃ物理的に耐えきれずに焼き切れる!」


「アル、思い出せ。僕たちの衛星は、何でできている?」


福代の問いに、アルがハッとした。 「……汎用部品と、プログラム(ロジック)……」


「魔法は『奇跡』だが、科学は『因果』だ。嵐の渦には必ず法則がある。アル、嵐の魔力波形を逆位相で打ち消すんじゃない。そのエネルギーを、衛星の姿勢制御の動力に『変換』しろ。嵐に逆らうな、嵐を利用して、より強固なネットワークを編み上げるんだ!」


「……正気かよ、社長。嵐を乗りこなせってのか!」 ゲンさんが、興奮で赤くなった顔を上げた。 「面白いじゃねえか。魔法使いが作った風を、俺たちの鉄クズが食らって飛ぶ。……やってやるぜ!」


アルの操作が加速する。衛星群は、嵐の渦に飲み込まれる直前で、互いの位置をミリ単位で調整し、巨大なアンテナのような形状へと姿を変えた。 魔法の雷が衛星の表面を叩き、火花が散る。工場のモニターには、衛星が悲鳴を上げているようなエラーメッセージが溢れた。


「……耐えろ。耐えてくれ、アークエッジ……!」 福代は、目の前のモニターに右手を置いた。熱を持った画面から、宇宙の過酷な振動が伝わってくる。


その時だった。 真っ赤な嵐のノイズを突き抜けて、一条の「緑色の光」がモニターを横切った。


「……通信、再開! 嵐のエネルギーを吸収して、衛星の信号強度が十倍に跳ね上がりました!」 恵が叫んだ。


魔法の嵐を糧にして、アークエッジの衛星群はさらに輝きを増した。九条が隠蔽しようとした情報の「壁」を、科学の波が真っ向から粉砕していく。


「……馬鹿な、魔法の嵐を動力に変えたというのか……!?」 丸の内の司令室で、九条院が驚愕に目を見開いた報告を、福代たちは想像して笑った。


情報の海が、貧困の村に降り注ぐ。 少年がタブレットに映し出された百科事典を、震える指でなぞる映像が届いた。 彼の瞳の空白が、驚きと喜びに満たされていく。


「……これが、インフラだ」 福代は、額の汗を拭い、静かに呟いた。 「誰にも支配されず、誰からも奪われない。宇宙に置かれた、人類の共有財産だ」


『……成功したのね、福代』 セラの声が、今度ははっきりと届いた。 『あなたの編んだ星が、魔法の嵐を虹に変えたわ。……月からも、その輝きが見える』


だが、福代の表情は晴れなかった。 「……九条は、これで止まらないだろう。次は、もっと狡猾で、もっと直接的な手段を講じてくるはずだ」


福代は、深夜の大田区の空を見上げた。 そこには、自分たちが放った小さな星たちが、静かに、けれど誇らしく瞬いていた。


「ゲンさん、アル、恵。休む暇はないぞ。四号機からの量産体制をさらに加速させる。……世界中の『境界(エッジ)』を繋ぎきるまで、僕たちの戦いは終わらない」


九条の独占を揺るがす「知識の雨」。 それは、魔法に支配された世界を、根底から変えていく静かな、けれど抗いようのない濁流の始まりだった。


第5話「深淵からの呼び声:月の裏側の怪物」へ続く。

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