第2話:アークエッジ・スペースの旗揚げ

第2話:アークエッジ・スペースの旗揚げ


深夜の発射場から戻った福代を待っていたのは、勝利の余韻ではなく、現実という名の冷たい雨だった。


「……社長。打ち上げ成功のニュース、どこも取り扱ってねえぞ」


ゲンさんが、油の染みたスポーツ新聞を放り出した。一面を飾っているのは、九条財閥の令嬢が新しい魔法杖を新調したという華やかなゴシップだ。アークエッジ・スペースが成し遂げた「魔法を使わない人工衛星」の軌道投入は、メディアという名の結界に阻まれ、世間に届く前にかき消されていた。


「それでいいんです、ゲンさん。目立てば叩かれる。今はまだ、潜る時期です」


福代は、プレハブ小屋のようなオフィスで、安物のパイプ椅子に深く腰掛けた。 モニターには、宇宙(そら)に放たれた一号機『初陣』からの信号が、規則正しい波形を描いている。魔法回路を通さない、純粋な電波の拍動だ。


「だがよ、これじゃあ資金が続かねえ。次の打ち上げには、もっとデカい金が必要だ。町工場のツケも溜まってる」


「分かっています。だから、仲間を集めに行きましょう」


福代が向かったのは、秋葉原の裏通り、魔法デバイスのジャンク品が積み上がる怪しげな地下室だった。


カビと半田付けの匂いが混じり合うその部屋の奥で、一人の男がモニターを凝視していた。ボサボサの髪に、度の強い眼鏡。彼の手元では、高価な魔力結晶がハンマーで粉々に砕かれ、本来なら「ゴミ」とされるはずの安価な電子基板に接着されていた。


「……九条の魔法回路なんて、ただの贅沢品だ。エネルギー効率が悪い。僕なら、このゴミを使って、その十倍の演算速度を出してみせる」


「その言葉、信じてもいいかな。アル」


福代の声に、男――アルと呼ばれた型破りな魔術師が振り向いた。


「誰だ、あんた。僕の魔術(コード)を覗き見する度胸があるのは」


「アークエッジ・スペースの福代だ。君が、高すぎる魔力結晶を嫌って宮廷魔導院を蹴り出した天才だと聞いて来た。……アル、君が求めているのは、無限の魔力か? それとも、限界のない理論か?」


アルは鼻で笑った。 「理論だよ。魔法なんて、物理法則の一部に過ぎない。それを宗教みたいに崇める奴らに、ヘドが出るだけだ」


「なら、僕と一緒に宇宙へ行こう。魔法を使わない衛星で、魔法使いどもの鼻を明かしてやる。コストは従来の百分の一。その代わり、君の『理論』ですべてを補う必要がある」


アルの瞳に、初めて好奇心の火が灯った。 「……百分の一? 狂ってるね。でも、その狂気、嫌いじゃない」


数日後。大田区の町工場には、奇妙な集団が集結していた。 腕は良いが口の悪いゲンさんたち職人集団。 宮廷を追われた異端の魔術師アル。 そして、大手銀行のキャリアを捨てて「面白そうだから」と飛び込んできた、財務の天才・恵。


「さあ、始めましょう。アークエッジ・スペースの本当の旗揚げです」


福代が広げたのは、三千機の衛星で地球を包み込む『網(ネットワーク)』の設計図だった。


「いいか、お前ら!」 ゲンさんが、自慢の万力を叩いて喝を入れる。 「丸の内の連中は、魔力結晶を積んだ一兆円の『巨星』を一機飛ばす。だが、俺たちは違う! 一機一億円、いや、数千万の『鉄クズ』を三千機飛ばすんだ。一機がダメになっても、隣のチビ助が助ける。お箸一膳じゃ何もできねえが、九膳あれば大家族が飯を食えるのと同じだ!」


「ゲンさん、例えが古いよ」 アルが笑いながらも、指先で空中に複雑な数式を描き出す。 「でも、理屈は通る。単体の魔法出力で負けるなら、連携の同期(シンクロ)で勝てばいい。僕の書くプログラムは、三千機の意思を一つに繋ぐ。……これは、もはや魔法を超えた、宇宙規模の神経網だ」


福代は、その熱気の中に身を置きながら、工場の床の冷たさを感じていた。 地面から伝わる、プレス機の振動。 火花が散るたびに舞う、鉄の粉。 魔法の杖ではなく、レンチとキーボードを握る手。


「福代さん、計算が出ました」 恵がタブレットを差し出す。 「従来の魔法衛星一機分の予算で、私たちは三十機を同時に製造できます。量産化こそが、私たちの最大の武器になります」


「よし。一号機は実証機だったが、二号機からは実戦だ。九条の『魔法通信』に高額な料金を払わされている地方の村や、電波の届かない山奥に、僕たちの星を届ける」


福代は、銀色に輝くプロトタイプの筐体に手を置いた。


「九条は宇宙を『神殿』だと思っている。だが、僕たちはここを『インフラ』にする。水が流れ、電気が届くように、宇宙からの情報を当たり前の権利として人々に返すんだ。……誰でも使える宇宙、それがアークエッジの旗揚げだ」


その夜、小さな工場から漏れる光は、明け方まで消えなかった。 鉄を叩く音。 コードを叩く音。 そして、未来を語る、九人の、あるいはそれ以上の人間たちの声。


九条魔法財閥という巨大な太陽の陰で、小さな、けれど無数の星たちが、着実にその産声を上げようとしていた。


「……聴こえるわ、福代」 月面、静寂の観測所で、セラは地球から微かに届く、一号機の信号に耳を澄ませていた。 「あなたの編み始めた糸が、少しずつ、でも確実に、この孤独な宇宙に絡みつき始めている……」


それは、魔法という名の特権を終わらせる、静かな革命の幕開けだった。


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