シニカルクラフト
「面白さ、売ります……?」
人通りのさほど多くもないその路地で、妙な看板を掲げている小さな店が一つあった。
一見すると、怪しげな占いの館のような店だが、どうやらその店はそう言う風でも無いらしい。
胡散臭い看板があるだけで、小さな小屋は窓ガラス一つさえも無く中を覗くことはできない。
恐らく殆どの人は見向きもしないだろうが、とある少女「音無」はつい、その「面白さ、売ります」と書かれている看板に目を惹かれ立ち止まった。
音無は高校二年生の少女だが、彼女はクラスで浮いている存在だった。
何一つ言葉を返さないからだった。
彼女は人とコミュニケーションを取ることが苦手であった。
……ここでは伏せるが下の名前が有名な芸人と同じだったのもあって、よく揶揄われた。
「何か面白い事言ってよ」
なんてクラスの騒がしい男子グループから言われるのも日行茶飯事だったし、そして音無が何も言えずに黙りこくるたびに彼らは嘲笑った。
「音無だから、大人しいって事じゃねーの?」
「何だよお前それ、くだらねぇ」
「喋らないコイツよりかはマシだろ?」
「同じ名前の、あの芸人とはえらい違いだな」
そんな揶揄い、あるいは虐めの対象になるが、誰も止めてはくれない。
彼女が嫌がる素振りを見せればまた違ったのがしれないが、そんな反応すらも、彼女は示さない。
それもあってか、多くの人は遠巻きから見て見ぬ振りをするだけだった。
面白い事をしろ、と無茶振りを振られては揶揄われる毎日……そんな音無に、この文言を掲げた看板は実に魅力的に見えた。
実際に詐欺だって、何だって良い。
全てに疲れていた音無は半ばヤケクソで、その店の扉を潜った。
店内は外観から予想していたがかなり狭かった。
少し薄暗い雰囲気の中、鉄パイプの椅子が一つあり、机を挟んで、一人の女性が座っていた。
「あら、いらっしゃい」
女性はこちらに気がつくと柔和な笑みを浮かべた。
サラサラとした金髪が綺麗な女性だった。
普段ならば避ける様な、派手に容姿を着飾っているよう見える人だったけれど、不思議とその独特な雰囲気に引き寄せられる様にパイプ椅子に腰をかけた。
「初めまして、私の事はウグイスとでも呼んでちょうだい」
女性は自身を「ウグイス」と名乗った。
偽名や芸名の様な物なのかは分からないが、そこまで気にもしなかった音無はこくりと頷くと口を開いた。
「あの、それで看板を見てきたんですけど……『面白さ売ります』ってどう言う事ですか?」
「あぁ……言葉のままよ。きっと貴方が想像している通り」
ウグイスは妖しげな笑みを浮かべると、言葉を続けた。
「ほんの少しだけ貴方に『面白さ』を売ってあげるの。例えばそれで誰かとの会話の中、面白く返せたりして、日常生活のコミュニケーションを円滑に進めることが出来るわよ。それがこのサービス『シニカルクラフト』なの」
その言葉は彼女にとっては非常に魅力的だった。
が、一つ懸念があった。
その話が本当だとしても、もしもこれで法外な値段を要求されるのだとしたら、それはたまった物ではない。
そんな不安が顔に出ていたのだろう、ウグイスはおかしそうに少し笑い「大丈夫よ」と説明を続けた。
「料金はひと笑い五百円……どう?良心的でしょ?」
「その、ひと笑い……と言うのは、つまり一回だけと言う事ですか?」
「そうよ、効果はその一回分だけ。二回効果を得たいなら二回分で千円頂くわ」
音無は悩んだ。
確かに胡散臭いとは思うが、それでも五百円で済むと言うのなら、特にそこまで損をした気にはならない。
やっぱそうだよな、はぁ、騙された。
程度で済む絶妙な値段設定だと思ったからだ。
「ふふ、別に百万円分買っていけとか言っている訳では無いのよ、貴方の好きな量で構わないの。まずは騙されたと思って五百円で一回分、どう?」
不思議とウグイスと言う女性の声はよく頭に入った。
それはまるで魔法の様で……気づけば音無はその魅力に当てられてか「じゃあ、一回分だけ……」と答えていた。
ニッコリと笑ったウグイスの差し出してきた書類には簡単な説明とサインを求める旨が記載されていた。
⚫︎効果は料金分しか発揮されないこと。
⚫︎あくまでも普段より面白いコミュニケーションが取れる等のささやかな生活の潤滑油程度の効果を期待すること。
⚫︎これにより心情や生活にどんな変化があっても当社シニカルクラフトは一切の責任を取らないこと。
これらが記載事項だった。
簡単に目を通すと、音無は自身のフルネームをサインした。
「あら、可愛い名前なのね」
音無の下の名前に気がついたウグイスがすかさず、そう反応すると音無しは少し照れながらも、五百円玉を一つ手渡し店を出てと、その日は帰宅した。
明日の学校では自分は何か上手い返しが出来るのだろうか?
そんな期待と不安の中、眠りについたのだった。
そして翌日、音無は何とも重い足取りで教室の席に座った。
さて、どうなるものか……と考えて居た為思わず俯き気味になっていたところ、そんな雰囲気を陰気くさいとでも思ったであろう、いつもの男子生徒が揶揄ってきた。
「おいおい、音無は今日も大人しいなぁ」
来た……!と思った。
普段ならここで黙りこくってしまうところだが、今日こそは……!
「君さぁ」
気づくと、音無は口を開いていた。
「いつもいつもそのワンパターンの弄りだよね」
「へ??」
男子は突然の、その態度の変わり様に目を丸くして、素っ頓狂な声をあげた。
「もっとさ、バリエーションが欲しいと言うかね、こう、うん……そう、レベルが低い」
「レベルが低い」
男子は思わず言われた言葉を復唱した。
「あのね、いじられる側もさ、もっとバリエーションが欲しい訳、分かる?ライブ感が欲しいんだよね」
クラス中が突然のそんな音無の反撃にざわめいていた。
だが、全員の耳はしっかりと二人の会話に傾いている。
「ほんと、もっとさ、振り切るなら振り切りなさいよ。そんなふわっとしたのじゃあ無くてさ、ほら、お前昨日と同じ靴下じゃん、とか晒せよ、鞄をぶちまけろよ、生理用品を見せびらかせよ、精神的苦痛を与えろよ、こう……なんかあの、三角形の奴に乗せろよ」
「いや……別にそこまでは……」
「なんだよそれ!困るんだよね、そんなんじゃあさあ!もっと覚悟してから弄ってくれるぅ!?」
男子はとうとうその気迫に押され頷くと「はい……」と言うか細い返しを最後に黙ったまま椅子に縮こまってしまった。
やってしまった……音無は思った。
こんなはずではなかった。
思ってもいなかった様な言葉が次々と口から飛び出てきたのだ。
これでは面白さどころか逆効果では……?
と恐る恐る周りを見ると、クラス中の視線が彼女を貫く様に見ていた。
終わった……私の学生生活はここで終了だ……そう思った矢先である。
パチパチパチパチ!と教室中が割れんばかりの喝采に包まれた。
賞賛の声や、痛快だったと笑う声。
兎に角、驚くほどにクラスメイトからは好意的に受け取られたのだ。
「音無さんってそんな面白い子だったんだね!」
そんな言葉が聞こえてきた瞬間、彼女はあの、面白さを売ると言うのは眉唾ではない本当の事なのだと確信した。
しかし、この賞賛に何か答えなければ……と思うも、先ほどと違い、上手く言葉は出てこない。
「あっ、あの、その、あっ、あっ……」
そうか、一回分をもう使い切ったのだ。
音無は次に恐怖を覚えた。
また、つまらない奴だと思われたくない。
もう、元の日々に戻りたく無い。
頭の中はそれで一杯になっていた。
気づけば教室を飛び出ていた。
向かう先はただ一つ「面白さ、売ります」と看板を掲げたあの怪しい店だ。
その店は昨日と同様同じ場所にあり、安堵したと同時に雪崩れ込むように中に駆け込んだ。
「あ、あのっっっ!」
必死な表情で入ってきたかと思えば、入り口にへたり込む音無を、ウグイスは見下ろすと微笑した。
「あらあらあら?どうだったかしら?」
音無は肩を揺らしながら項垂れていた頭をパッとあげるとウグイスを見た。
「す、凄かったです!それでっ、それで私っ」
ウグイスの柔らかな微笑が影を落とす様に、妖艶な物へと変わった。
「えぇ、分かってるわよ、また欲しいのよね?面白さが」
音無は必死に何度も頷くと、案内された椅子へ腰をかけた。
目の前には昨日と同様の書類だ。
「さて、それで?一回分で良いのかしら?」
それは意地の悪い質問だった。
きっと、質問の主も、そんな筈はないと分かっていても、彼女自身の口から引き出したかったのだろう。
「わ、私は……!!」
その日、音無は五千円を払った。
五百円一回、それの十回分だ。
これだけ払えば一日は持つはずだ。
そして、翌日の登校から音無の日常は変わった。
先日の男子とのやり取りは瞬く間に有名になり、面白い子だと学校中の話題になっていたのだ。
普段は一度話しかけられるか、かけられないかの彼女であったが、教室に入るなり人気者になっていた。
「いや、だってね、弄られる側にも弄られる側の、それなりのプライドがね!あるもんなんすよ!!」
それを痛快なトークで捌いて行く。
音無が喋ればそれだけで周りの人達がそのトークスキルに手を叩いて笑った。
そしてその名声が轟けば轟くほど、音無は十回程度の会話では、もう「面白さ」が足りなくなっていた。
「ウグイスさん……!今日は一万円払います……!」
店に入るなり、音無は切羽詰まった表情で汗をかきながら声を荒げる。
そしてまたある日は……
「あ、ああ明日、遊びに誘われれれちゃって……六十回分で三万円あれば足りますかね!!?!」
ウグイスはそんな音無をいつでも優しく迎え入れる。
だが、そんな生活も長く続く筈はなかった。
彼女は一介の高校生だ。
お小遣いも底をつき、お年玉の貯金もそれに切り崩してしまった。
ならば……とアルバイトをして、費用を捻出しようにももう、彼女はウグイスから買った面白さ無しでアルバイトに就いて人と接する自信もなかった。
ある日、音無はいつもと違った顔色で「シニカルクラフト」の扉を潜った。
「あら?今日は何だか怖い顔してるのねぇ」
その日の音無の表情は影を色濃く落としており、何か気迫を感じる表情だった。
その事についてウグイスは、いつも通りのんびりとした口調で言うが、音無は何も答える事なくズンズンと近づくと、バンッと音を立てて分厚い封筒を机に叩きつけた。
「ふーん?」
軽くウグイスが中身を確認すると、それは全て一万円の札束で百万円は下らないであろう大金だった。
「これ、全部お願いします」
音無が俯きがちにそう言った。
「……ちなみにこのお金の出所は?」
「そんなの関係ないじゃあ無いですか」
問いに答えた音無の声は明らかに怒気を放っていた。
今までで一番切羽詰まった様子であった。
「お願いします、早く……早くやってくださいよ……でなきゃ私……」
そんな彼女の様子を横目にウグイスはポン、と封筒を机の上に投げ置くと、こう答えた。
「ダメね」
「…………えっ?」
そう言い放たれた言葉に思わず、音無はぽかんとした顔をしてしまった。
「ん?ダメって言ったのよ。もう貴方には面白さは売ってあげない」
ウグイスはそう言ってのけた。
「な、何でです……?」
どんな時でもニコニコと応えてくれたウグイスに、決して裏切られるような事は無いだろうと言う、信頼感を寄せ始めていた音無は、突然の拒否が信じられないと言った様子で目を丸めた。
「だって……ふふっ……だって……くくく……ふふっ……」
ウグイスはそんな音無を見ながら口を手で押さえ、何かに堪えるように肩を揺らす。
「あはははははははははははははは!!!あはははははは!!ははははははははははは!!!!」
そして、これまでの上品な雰囲気を纏った様子だった女性とは思えないほど、下品に口角を上げ、張り裂けんばかりの声で笑い声を響かせた。
その光景はどこか不気味だった。
目尻に涙を浮かべながら、ウグイスは音無を指さすと大口を開けて笑いながら、叫ぶような大声で言った。
「だって!今の貴方!!もう!!とっっっっっても!!!面白いもの!!!!!!」
音無は何を言われているのか理解できなかった。
ただ、いつまでもいつまでもウグイスの狂ったような笑い声が頭の中に響いていた。
「シニカルクラフト契約規則」
⚫︎効果は料金分しか発揮されないこと。
⚫︎あくまでも普段より面白いコミュニケーションが取れる等のささやかな生活の潤滑油程度の効果を期待すること。
⚫︎これにより心情や生活にどんな変化があっても当社シニカルクラフトは一切の責任を取らないこと。
貴方に笑いを、売ります。
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