短編集「有象無罪・うつくしい世界」
@Lycoris0911yuri
世界の終わりとベランダ
街では暴動が起き、大混乱の最中であった。
私とリンはアパートの三階からベランダの柵に肘をかけ、それを見下ろしていた。
きっかけは三日前のとある出来事である。
突然「宇宙人」を自称する集団がこう宣言した。
「人類はこの地球、そして宇宙にとって有害です。なので今から七十二時間後に抹殺し、我々がこの地球を管理することをここに宣言します」
突然、世界中の電波がジャックされ流されたその情報に、人々は最初こそタチの悪い悪戯だと笑い飛ばした。
だが、そのジャックの規模、精度があまりにも悪戯と言うには出来過ぎであり、各国のセキュリティさえも貫通して届けられた事により、いよいよとそれは現実味を帯びたのだ。
実質の三日後の人類滅亡宣言であった。
一日目は様々な陰謀論などでインターネットが盛り上がり、オカルト要素を多く含んだテレビ番組などが至急放送されたが、それからしばらくして、宣言の時間まであと三時間となると、街中はたちまち大混乱になった。
シェルターに逃げ込もうと他人を押し除ける人々や、どこへ行こうと言うのか車が大渋滞する光景を私達は眺める。
二人が立てばもう満員と言えるほどの小さなスペースだ。
その足元には幾つものアルコール飲料の缶と、吸い殻が転がっていた。
「どんな風に私達は殺されるんだろうね」
煙草を蒸す私の顔を、リンが覗き込み聞いてきた。
「さぁ?」
私達はこの最終日となった現在、もうその事を受け入れていた。
シェルターなんか持ってもいないし、そもそも、もう逃げ込める場所などないであろう。
ならば、取り乱すよりも最後の時間を謳歌しようと言うのが私達の判断だった。
高み……と言うにはこの三階というアパートの階層は些か低いかもしれないが、気持ちはまさに高みの見物と言ったところだった。
「リンは怖くないの?」
「うん。思ったよりもね。そっちはどう?」
「まぁ、私も」
実感がないと言うのもあるが、私はどちらかと言うと生への執着が薄い方だったし、死にたい、なんて日々の気持ちの浮き沈みに振り回されたり、自分がいつ死ぬかなんかに毎日怯えるよりも、こうして決定したその瞬間を突きつけられるた方が、何と言うべきか肩の荷が降りた気がした。
「終わる時っていうのは、いつもあっという間なのにね」
そう呟いたリンの表情を伺おうとしたが、少し遅かった。
リンはこちらに背を向けると少し荒れた私達の生活空間に手をつっこみ何か探している様だった。
「何してるの?」
私が問いかけるも「んー?あー……」と曖昧な返事を返すばかりだ。
しばらくその様子を見守っていると、両手にある物を携えたリンがこちらに戻ってくると笑みを浮かべていた。
「何それ?」
見慣れぬ小袋と鉢植えを手にした彼女に私が問いかける。
「花だよ」
「花?なんの?」
それはどうやら花の種との事だった。
「さぁ?」
と何とも曖昧な返事をするとリンはそのままベランダの隅に鉢を置いた。
「さぁって……それに、もう一時間ちょっともすれば地球もお終いなんだよ」
何本目かの煙草に火をつけながら私はそんな突拍子もない行動に苦笑いしつつ言う。
「んー、まぁね、でもさ、もしかしたら、私達人類だけが、一瞬でぱんって消えるのかもしれないじゃん」
そう言いつついつの間にか用意していたであろう土を鉢植えに詰める。
「そしたら、自然とか、そう言うのは残るかもしれないよ」
「そりゃ、そうかもしれないけど……誰が水やるのさ」
そんな私の言葉にリンは「うーん」と少し考える素振りを見せるとあっけらかんと答えた。
「宇宙人さん?」
彼女は人類が居なくなった地で、自分達の植えたこの花を宇宙人が育てるとでも言うのか。
「しかも何の花か分からないの?」
「うん、この前バイト先で貰ったの。何の花かは忘れちゃった」
「えぇ……?まぁ、それは置いとくとして、その花を宇宙人さんが育ててくれると思うの?」
携帯の画面を見やりながらも、見様見真似で土を盛るリンは「そうかもしれないし、そうじゃあ無いかもしれないね」と手を動かしながら答えた。
「それに、その花を私達は見ることができないんだよ」
私の口から、煙草の煙が日の沈み出した空へ向かって伸びた。
「まぁ、私達がここに居たよって、何か残そうかなって」
リンは土を盛ると、その真ん中あたりに軽くスペースを作り、パラパラと種を撒いていた。
そもそも、何の花かも分からないのに、その方法が正しいのだろうか?と私は思った。
「それに、生まれ変わって鳥か何かになったらさ、確認しに来ようよ」
と、さも当然のように彼女は言った。
生まれ変わりだとか、私は信じた事は無かった。
そもそも、やっと今生を終えれたと言うのに、また世に送り出されるなんて、たまった物では無い、とさえ私は思っていた。
「……それも良いかもね」
けれどいつの間にか、彼女とならそれも悪く無いかもな、と思える程度には私は楽観的でファンタジーな思考を持てるようになっていたようだ。
どこまで彼女が本当にそう信じているのか、それは分からないが、そう言う曖昧な雰囲気が彼女の魅力だった。
暫くすると、少し土のついた手をそのままに、リンは私の隣に立ち、またベランダから街を見下ろした。
「手、洗ってきなよ」
と私は言うが、彼女は首を横に振ると「時間が勿体無いから」と笑う。
それから暫く、他愛も無い話をした。
何も話さない時間もあった。
混乱すると世界と対比するように、私達の間ではゆったりとした時間が流れていた。
「あっ、見てアレ」
空に不自然に浮かぶ眩い光をリンが指差し声を上げる。
何の光なのかは分からないが、それが終わりの合図なのだろうと言うことをぼんやりと私達は感じ取った。
その光がだんだんと大きくなって空を覆おうとする。
「あぁ、もう時間みたいだね」
私は最後の一本を吸い終えた。
「うん、そうみたい」
どちらからでもなく、そっと二人の手が重なった。
少し肌寒い時期だったからだろう。
私達の手はひんやりとしていた。
「じゃあ、また後で」
そんな彼女の言葉に私は思わずクスリと笑ってしまった。
最後まで彼女は彼女らしかったし、また私も私らしかったと思う。
「うん、また後で」
そうして私達は光に包まれた。
世界が静かに、視界が真っ白に塗りつぶされていく最中、何故か私はいつか二人で見た雪景色を思い出した。
また後でここに来よう。
この花を目印にして。
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