第2話 燃える記憶
アルメリオンは、物心がつく前のことを覚えていない。
父と母がいたらしい、という輪郭だけが残っている。声や顔は曖昧で、温度だけが記憶にある。夜、身体を挟むようにして眠らせてくれた腕の重さ。呼吸に合わせて上下する胸。そういうものだ。
最初の記憶は、音だった。
乾いた破裂音。何かが倒れる音。甲高い悲鳴。
それから、赤。
村が燃えていた。
火は、きれいだった。
子どもの目には、揺れる光が踊っているように見えた。夜を押しのけて、世界を明るくする色。けれど、大人たちは叫んでいた。怒鳴り声が飛び交い、誰かが転び、誰かが引きずられていく。
理解できなかった。
なぜ、こんなにうるさいのか。なぜ、走るのか。
父と母が、兵士に囲まれて連れて行かれた。
叱られているのだと思った。何か悪いことをしたのだろう、と。自分が怒られるときと同じように、少し強く腕を掴まれていただけだったから。
父が抵抗した。
その瞬間だけ、はっきり覚えている。
剣が振り下ろされ、音がして、父の足がなくなった。
血が出た。
赤くて、黒くて、熱そうだった。
父は倒れ、母は声を上げた。
アルメリオンは、声が出なかった。
口を開こうとしても、空気しか入ってこなかった。
身体が動かなかった。逃げることも、近づくこともできなかった。ただ、見ていた。
それが、エーテによるジェノサイドということだと知ったのは、ずっと後だ。
気づいたときには、村は静かになっていた。
燃え残った家と、黒くなった地面と、匂いだけが残っていた。
父と母はいなかった。
泣き方も、探し方も、分からなかった。
アルメリオンは、生き残った。
運がよかったのだと、後になって知る。
隣村の男が、瓦礫の影に隠れていた彼を見つけた。
汚らしい男だった。酒の匂いがして、指はささくれていて、言葉遣いも荒かった。
だが、男は兵士を追い払い、オーゴが現れれば槍を持って立ち向かう人間だった。
男は、何も聞かなかった。
名前も、過去も。
「生きたいなら、言うことを聞け」
それだけだった。
アルメリオンは頷いた。
生きたいかどうかを考える前に、頷いていた。
男は、戦うことを教えた。
刃の持ち方。距離の測り方。相手が怯む瞬間。急所。
優しくはなかった。
間違えれば殴られた。遅ければ蹴られた。
だが、殴られない時間もあった。殺されない日が続いた。
それが、この世界では十分だった。
酒と女の話を、男はよくした。
何が楽しいのかは分からなかったが、男が笑う理由はそこにあるらしかった。
アルメリオンは、聞いていた。
覚えていた。
他に覚えることがなかった。
九歳になったころには、ナイフで男一人を殺すことができた。
誇らしくも、怖くもなかった。ただ、できた。
文字は知らない。遊びも知らない。
だが、刃が入る感触と、血の温度だけは知っていた。
ある日、また匂いがした。
煙。
焦げた木と肉の匂い。
村が燃えていた。
アルメリオンは、すぐに分かった。
ああ、まただ、と。
兵士が来ていた。数が多かった。
村人が倒れていく。逃げる子どもが捕まえられ、叩き伏せられる。
汚らしい男が槍を持って立ち向かった。
強かった。何人かは倒した。
だが、数が違った。
男は刺され、倒れ、最後に首を落とされた。
その光景は、妙に静かだった。
似ている、とアルメリオンは思った。
父と母を失ったときと。
自分は、また見ているだけだ。
誰かに殴られ、蹴られ、地面に伏せさせられた。
視界が揺れる。音が遠くなる。
隣で、泣き叫ぶ子どもの声が聞こえた。
すぐに、止まった。
空が見えた。
青かった。
こんな空の下で死ぬなら、悪くない。
そう思った自分に、少し驚いた。
そのときだった。
影が落ちた。
視界の中に、女が立っていた。
黒いマント。高い背。眼鏡の奥の静かな目。
兵士たちの動きが、止まって見えた。
アルメリオンは、これが何なのか分からなかった。
夢か、死ぬ前の幻か。
ただ一つだけ、確かだった。
今まで見てきたものと、違う。
その違和感だけを胸に残して、意識が遠のいた。
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シャドウ 平嶋 勇希 @Hirashima
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